光速を求める敵:潜入開始
厳重に閉ざされた門。その近くにある、これまた厳重な扉の無い小屋の中に、制服姿の人間がいた。
「ったく、暇だな……」
本を読みながら、男は独り言を呟く。
この門は機人の持つレーザーライフル程度では傷一つ付けられないという。この小屋も同じで、小屋から出るときは地下通路を使って、直接門の中にある世界へと入る。
ここは人間たちの住む【世界】へと通ずる門だ。東京と呼ばれていた場所から少し遠くにある山脈の中腹に、隠れるようにして佇む大きい門。その両脇には、使い古された火薬式の機関砲が設置されていた。
「……ん?」
本を机の上に置き、伸びをしようとしたとき、窓の外に大型のトラックが見えた。
「極東軍だと?」
灰色の大型トラックの側面には、極東軍という文字が見えた。
男は急いで内部にいる上官に問い合わせた。
「こちら南側第三ゲート。緊急、コードD-7」
『……どうした』
「極東軍と思われる大型トラックが接近中。至急、確認をお願いします」
『ちょっと待て。………あぁ、物資運搬だ。通してやれ』
「了解」
思わず溜息を吐く。こういう場面は何度かあったが、慣れるものではない。いざとなれば機関砲で木端微塵にすればいいのだが、一度でも機人の恐ろしさを目の当たりにしたことがある人間にとって、機人が近くにいるというだけでも震え上がってその場から動けなくなりそうだ。
「人間なら大丈夫か」
珈琲を淹れた男は、また椅子に座って本を読み始めた。
◆◇◆◇◆
そのトラックを運転しているのは、ロバートだった。隣には、火薬式のアサルトライフルに偽装したレーザーライフルを持ったイリヤがいた。
「さて、仕事の時間だ」
「そうね。彩夏は大丈夫かしら」
「大丈夫だ。きっと上手くやるさ」
極東軍の戦闘服に、標準装備の二人は、どこから見ても極東軍の兵士だ。この門を出入りできるのは一部の人間のみで、機人は一切出入りが出来ない。
内部は警備が厳しく、並の機人であれば潜入すら不可能だ。だが、彩夏は並の機人ではない。
彼女は速度特化型、人間の動体視力では、その姿を捉えることすら不可能だ。
◆◇◆◇◆
「停まれ」
トラックと無線が繋がったところで、小屋の中にいる男はマイクに向かって喋りかけた。
「最近は物騒だ。念のため、所属コードを言え」
しばらく待つが、一向に返ってくる気配はない。
「……聞こえないのか。次は撃つぞ。所属コードを答えろ!」
男は怒鳴った。すると、近くのスピーカーから声が聞こえた。
『……あぁ、すまない。俺たちは極東軍第十師団所属第二支援部隊の者だ。二日前に頼まれていた物資を届けに来た。開けてくれ』
「所属コードを答えろと言ってるのに、全く。今開けるから待ってろ」
門の前で停車したトラックに乗っている兵士を一瞥した後、扉の開閉ボタンを操作した。
◆◇◆◇◆
《戦闘開始》
《距離:20メートル》
《標的はその場で静止》
《弾道予測演算開始》《終了》
《充電:100%》
《弾頭の装填完了》
《発射可能》
『彩夏、撃て』
門が重々しい音を立てて動き始めた。
その騒音の中で、一発の銃声が響き渡った。
《標的は消滅》
《戦闘終了》
《第一段階を完結》
《第二段階へ移行》
彩夏はすぐに、八七式をその場に置いて開いた門の中へ飛び込んでいった。そしてその場には、クロサが姿を現した。
「さて、食事の時間だ」
不敵の笑みを浮かべたクロサは、彩夏の八七式を持ち上げ、構えた。