光速を求める敵:作戦会議
ロバートたちが潜んでいた拠点は、彩夏の住んでいた小屋から少し離れた場所にある、小さな小屋だった。
中に入ると、何もない四畳ほどの部屋だけしかない。だが、ロバートたちが入った途端に、床が音もなく開き、下へと続く階段が現れた。
「ここを降りたら、左の部屋に入って」
頷き、急な階段を下りていく。
しばらく下ると、白い壁の廊下が現れた。左右にいくつもの扉がり、彩夏は一番手前の部屋に入った。
◆◇◆◇◆
大きな円卓の周りにある椅子に全員が座ったことを確認して、前に立つロバートは話し始めた。
「まず、俺たちがどういう状況に置かれているか、説明する。二週間ほど前に、俺たちNemesisは【JOKER】という組織に襲撃された。これによって、仲間が半数以上殺害され、Nemesisは解散せざるを得なくなった。俺とイリヤは彩夏を追いかけているところを、速度特化型の敵に襲撃され、回避不能の即死級攻撃を受けた」
「それを救ったのが、たまたま近くを通りかかったクロサだったのよ」
「どうやって……?」
「せっかくだから説明しておこう。クロサは、接触したあらゆるエネルギーを体内に貯蓄し、任意の方法で発散させる特殊能力を持っている」
「それって」
「だから戦略級なんだ、彩夏。こいつ一人で一つの国を物理的に破壊することは造作もない。前線に立てばエネルギーの壁で銃弾を無効化、その銃弾のエネルギーを壁から吸収、貯蓄して、攻撃に転じる」
「人間が隠してたのも頷けるレベルね」
「敵の放った即死級攻撃は、あいつのエネルギー壁でほとんど防げた。それでも瀕死の重傷を負ったのは確かだが。……話を戻そう。敵は【リヴァイアサン】と名乗っていたそうだ。自分たちはどうやら死んだことになってるみたいだ」
「それは好都合だね」
「だな。だから、こうして新しい隠し拠点を確保したわけだ。拠点を確保した俺たちは、次に生存していることが確認されたお前との接触を試みた。だが、イリヤがやらかした」
どういうことかをロバートが説明する前に、イリヤが若干恥ずかしがりながら説明し始めた。
「要は、見られちゃったのよ。銃持った状態でこそこそ移動してたから、警戒されるのは当然ね」
「そのミスは仕方ないとして、この辺りを支配している自警団の連中は警戒レベルを上げた。ちなみに分かってるとは思うが、彩夏の監視はクロサにやらせてた。都合が良かったからな」
「え、あれって偶然だったの?」
これは本当に驚いた。隣人ことクロサとは、かなり前から知り合っている。
「そうですよ姉御。まさか姉御を監視しろって言われるとは思ってませんでしたし」
「だから、姉御……もういいや」
「いやーすいません、姉御。こっちのほうがしっくり来ます」
「それでいいわ」
彩夏が諦めたのを見て小さくガッツポーズしているクロサを、ロバートは呆れながら見ていた。
「とにかく、クロサに監視を続けさせても埒が明かない。そこで、俺たちは警戒レベルが下がった時に接触しようと決めた。だが、一週間以上警戒レベルが下がらない場合は、強行突破して接触することにした。で、今に至るわけだ」
「大体分かった。それじゃあこっちの話もいいかな」
「ああ。俺たちも情報が欲しい」
一呼吸置くと、彩夏は今まで起きたことを話し始めた。
「私はあの工場で、手紙を見つけた」
「手紙?」
「そう。内容は言えないけど、その手紙の裏には、昔住んでいた場所の近くにある公園の名前が書かれていた。平常心を失った私は、そのままそこへ向かった」
「そうだったのか。続けてくれ」
「とりあえずその公園に着いた時、私も敵に襲われた。【ルシファー】って名乗った敵は、炸裂ボルトを装填した電磁クロスボウで、私を撃った。反撃したけど、結局後ろからクロスボウを突き付けられて、手錠をかけられた」
「手錠はどうしたんだ」
「千切った。その直後にそいつの部下か分からないけど、囲まれたから蹴散らした。ちょうどその時に、Nemesisが解散されたってメッセージが届いたのは」
「……何だと?」
「私たちに届いたメッセージと同じだわ」
「どういうこと?イリヤ」
「それが、同時刻に、私たちにも届いたのよ。私たち以外の隊員が全員死んだって」
「だが、彩夏が生存していることはNemesisの拠点に仕掛けておいた監視カメラで知った。ちなみに、俺たちと一緒にいたハンターとアントニオは、工場内で発見した。ひどい有様だった」
「ってことは、やっぱり……」
「彩夏、どうしたの?」
「いや、拠点に戻って荷物を取りに行った時、無かったのよ」
「何がだ?」
「フレイの死体が」
「何だと!」
ロバートから、殺気を感じた。それくらい大きく、怒りの籠った声だった。
イリヤは絶句している。嫌な予感しかしない。
「……とりあえず、俺たちはこのまま次の作戦へ入る。彩夏、お前はネットワークを切り離せ。ついでに極東軍データベースのアクセス権限を捨てろ」
「分かった」
意図を素早く察した彩夏は、急いで作業を開始する。
《Nemesis Network:削除》
《極東軍データベースアクセス権限:削除》
「やったよ」
「よし、なら作戦開始だ。イリヤとクロサは所定の位置で待機。彩夏、お前には重要な任務を任せることになる。とりあえず今から送るネットワークドアにアクセスしてくれ。そこが俺たちの新しいネットワークだ」
「分かった……入ったよ」
「よし、今から任務内容を送る。確認したら、すぐに作戦を始める」
彩夏は任務内容に目を通した。だが、それは予想をしていなかった任務だった。