勇人君の「この世の終わり」説
「ほら、見てや。線量計親が買ってくれてん。」
勇人の部屋に遊びに来ていた謙が、首に下げた線量計を見せて言った。勇人は、読んでいた本を置いて謙に向いた。
「大阪は大丈夫やろ?」
「何言うてんねん!もう花粉が飛んでんのやで!セシウムは花粉にくっつきやすいんや。だからきっと大阪にも飛んでくる!…俺、早死にしたないわぁ。」
「あのな、謙。」
勇人のスイッチが入った。
「その線量計…いくらしたんや?」
「2万やったかな?」
「そんな値段くらいやったら、放射線皆拾てまうやん。」
「???それでええやん。」
勇人は首を振りながら言った。
「放射線いうても、皆が皆悪いんやないんや。いろんな種類があって、そのうちセシウムは確かに体に蓄積したらやばい。…お前「ラジウム温泉」っての、聞いた事ないか?」
「ある…」
「その「ラジウム」も放射能や。でも、人体に害はなさへん。…その線量計は、ラジウムもセシウムも一緒くたに拾ってしまうんや。」
「えっ!?じゃぁいくらくらい出したら、セシウムだけ拾えるん!?」
「さぁぁ??0が後1つか2つ付くんとちゃうか?」
「……」
謙は線量計を手に持ったまま、考え込んだ。勇人は続けた。
「俺、放射能も確かに気をつけた方がええと思うけど、風評被害の方が怖いと思うんや。」
「…風評被害?…」
「去年やったかなぁ。誰かのおばあちゃんが、ツアーで海外旅行の予約してたんやて。それも東日本大震災が起こるずっと前にな。それがいきなり旅行会社から「キャンセル」の通知が来た。なんでやと思う?」
「?なんでや?」
「どこの国か知らんけど、セシウムかぶって来たら困るからって、日本人客を拒否したんやて。」
「……」
「そのおばあちゃん、年が年やから、もう一生海外行かれへんかもしれへんって、落ち込んではるんやて。気の毒やろ。」
「……」
謙が黙りこんで、うなずいた。
勇人は思わずため息をついた。
「世も末やなぁ…」
つい口をついて出た。
……
「人類滅亡説…マヤ暦」
勇人はそう呟きながら、キーボードを叩いた。
「今年の12月21から23日の間かぁ…。」
思わず、ため息が漏れた。勇人は腕を組んでモニターを見つめた。
(…南海大地震もそろそろや言うし…変な交通事故も多いし…日本に限ってやけど、ある意味マヤ暦がそこで止まってるというのも、信憑性がなきにしもあらず…。)
そこまで思った時、勇人の脳裏に「ある」人物が浮かんだ。勇人に「神は「愛」」だと教えてくれた牧師である。
(あの人なら、どう言うやろ?…会って聞きたいなぁ…。引っ越してまうこと知ってたら、連絡先聞いたのに…)
そう思ってため息をついた時、ドアがノックされた。勇人は「なにー?」とドアに向かって言った。
「一緒にコーヒー飲めへん?」
母、祐子の声だ。
(めんどくさいなー)と思いながらも、勇人は立ち上がった。
……
「マヤ暦なぁ…」
祐子は、淹れたてのコーヒーをすすりながら言った。勇人も同時にコーヒーをすすっている。
「信じてんのか?あれ?」
「南海大地震とか今年来たら、ほんまにそうなりそうな気がするんや。」
祐子が笑いながら言った。
「それやったら、日本だけにしか当たらへんやん!」
「ま、そうなんやけどな…」
「ママ達は「アルマゲドン」の襲来???やったかな…で、1999年に死んでまう思ってたんやけどな。でもまだ生きてるやろ?」
「まぁなぁ。…宗教の人らは「自分らが必死に祈った結果や」とかなんとか言ってるみたいやけどな。」
祐子は「それはどうやろうなぁ」と言って、またコーヒーをすすった。
「実はさ…マヤの人が続きを書くのがめんどくさくなったから、そこで途切れてるんちゃう?」
勇人は飲みかけていたコーヒーを吹きそうになった。そして「そんなあほな」と言ってから続けた。
「マヤ暦には続きがあったって説もあるらしいんや。だから俺も最初は信じてなかったんやけどな…。…でも、最近おかしいやんか…事故やら事件やら…」
「まぁなぁ…」
「俺な…物理的に人類が滅びるんやなくて、人類の精神的なもんが崩壊するんちゃうか…って思てんねん。」
「おおー!出ましたねー「哲学者」勇人君!」
祐子が嬉しそうに言った。勇人は苦笑した。祐子はカップを置いて腕を組みながら言った。
「それ、ありえるかもやで。子が親殺したり、親が子を殺したりってのも、ここ最近増えてるしな…無差別殺傷事件とかも増えたし…あー…これ、新聞やったと思うんやけど、こんな話聞いたことある。」
勇人は(でた。ママの「こんな話聞いたことある」話。)と心の中で笑った。
「別々の部屋に、2人ずつ待機させて仕事を頼むんやけど…それはある実験のためなんや。でももちろん本人達はそんなこと知らされてない。で、仕事を始めるのは待ってもらって、その間に片方の部屋には、明るいニュースだけを流して、もう1方の部屋には暗いニュースだけを流したんやて。…それを何分間か聞かせた後に、その人らに仕事をさせた…。…どうなったと思う?」
勇人は「わかりきったことやないか」と言って、自分も腕を組んだ。
「明るいニュースだけを聞いた方は仕事がはかどったけど、もう1方は全く仕事ができんかった…やろ?」
「んーはずれではないんやけどな…。明るいニュースを聞いた方は、お互いに協力し合って仕事をしたんや。でも、もう1方はお互いを信じられずに、自分勝手に仕事をしたんやそうや。」
勇人は目を見開いた。祐子が続けた。
「どっちがいい仕事をしたかっていうたら…言わんでもわかるわな。…それだけ、巷に流れるニュースってのは人の心に影響を与えるってわけやな。」
「…不景気なんは、それもあるってわけか?」
「そうやなぁ…。どっちが先なんやろな。不景気やから、よくない事件が増えているのか…よくない事件の話ばかり聞いてるから、不景気なんか…。」
「卵が先か、ニワトリが先か…」
勇人がそう言うと「そうそうそれそれ」と祐子が笑った。
その時、祐子の携帯電話が鳴った。祐子は「ちいと失礼ー」と言いながら、受話ボタンを押した。
勇人は(部屋に戻ろかなー…)と思いながら、コーヒーを飲み干した。その時、祐子が声のトーンを高くした。
「…え!?おばあちゃん、海外旅行行けるようになったん?よかったやないのー!」
立ち上がろうとしていた勇人は目を見開いた。祐子は、勇人に目配せをしながら話している。
「うんうん。とにかく良かったやん。いつ行くん?…12月?…えらい先やけど…それでも喜んではるんやーへえー……え?体力つけるために?…あははは!そんなんしてんやー!」
祐子の電話は終わりそうにない。勇人は微笑みながら、立ち上がった。
(12月か…人類が滅亡せんように、祈ってやらなな。)
そう思った。
(終)
……
今回は短かったので、おまけ話を(^^)
<ある日の勇人君と祐子さんの会話>
勇「(電車に乗り込んで)ママ!大丈夫かー?」
祐「(息を切らしながら、自分もなんとか乗り込む)あー…乗り遅れるかと思った。足かけといてくれてサンキュー勇人」(※良い子は真似しちゃいけません!)
勇「ママ、ママこっち!ここの席空いてるで!」
祐「あかんあかん!そこ「優先座席」やんか!」
勇「(窓に貼ってあるイラストを指さしながら)ほら、太った人は座っていいんやて。」
祐「(--#)それ、太った人じゃなくて妊婦さんやろがっ!」
周りから笑いがもれたのは言うまでもない…。