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Silent rain  作者: 眉クマ
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灰色の城



サザ団長の率いる騎士団が先に到着したと報告を受け、ソロンとイザルは馬を急かした。


(何もかも遅かった・・・・)


城に入った時、王妃はすでに自害していた____灰色の城から海へ飛び降りたのだ。

城の窓の外から王妃は、冷たい海の上に儚く散った花のように漂っていた。


(・・・・・)



「ソロン、お前はどう思う」


ぼんやりとしていた騎士ソロンにイザル団長は声をかけた_____一瞬返事が遅れる。


「イザル団長・・・・私は、王子がまだ生きていると思います」


勘だったが、率直にソロンは言った。

騎士ソロンは、王子を一度見たことがあった。

その為、騎士団の中で一番若かったが今回の任務に駆り出された。

王妃は、王子を一度も公の場には出さなかった。

大切に______大切に誰の目が届かぬようにこの城に閉じ込めていた。


一度、王子に会った時、きっとあれは偶然だったのだろう。


あれはまだ、ソロンが騎士見習いで父と共にこの城へ赴いた時だった。

父が王妃への挨拶に行っている間、仕方なくソロンは城の中を散策していた。

海に近い崖に立っている城だ________もちろん、庭園はない。木や華を植えようものなら潮風にあたってたちまち枯れてしまうからだ。色のない牢獄のような灰色の城だと、最初来た時思ったものだ。

ふと窓辺を見やると、幼い少年がつまらなそうに窓辺に座り外を眺めていた。

何故そう思ったかは分からないが、最初少年を見た時何処かの貴族の子供であろうと思った。後で考えれば城の中に子供がいるはずはないのに。

好奇心の強いソロンは、大胆にも名も知らぬ少年に近づき何を見ているのか後ろから覗き見た。

(なんだ・・・・つまらない)

ただ、何もない______崖から望める暗い渦巻いた海がそこにはあった。


「何が楽しいの?」


ソロンがぽつりと呟くと幼い少年は、驚き大きな瞳を瞬きした。

人形のような整った顔立ちをした少年だった。一度も外に出たことがないのか、肌はきめ細やかで陶器のように白い。


「何が?」


「この景色さ、見ていて・・・楽しい?」


問うと少年は、また大きな瞳を瞬いた。少し考えているようだ。きっと、そんなこと考えもしなかったのだろう。


「・・・・母上が叱るから」


ぽつりと口から滑り出た言葉。

よく聞こえなかったので、首を傾げると父の鋭く自分を呼ぶ声が聞こえた。振り向くと亡霊を見たような青い顔をした父が自分を見ていた。

その後、逃げるように城を出た父と私は一度も自分に声をかけることはなかった。

亡霊を見たような青い顔をした父_________その時、ソロンは窓辺を見ていた少年が王子であると悟ったのだ。


「王妃は、王子の為に自害なさったのでしょう」


他国と密会し、自国を裏切り、己が為に至福を肥やしていた王妃______都ではそう言われていたが・・・・どうだろう。


(この城は、牢獄だ)


海に面したこの灰色の城は、偽りの黄金の王座を守る為の鳥かごでしかない。小さな小鳥が二匹______ただ観賞するために飼われていた。

現に王が崩御してからは、都の臣下たちが国を動かしていた。

王妃は、この城で臣下たちが話すことに機械仕掛けの人形のようにただ頷いていただけ。


そうだなとイザル団長は、頷いた。


「何かの間違いであればいいと思い、駆けつけたが・・・」


間に合わなかったかとイザル団長は、王妃に近づき大きく見開かれた淀んだ瞳に触れた。


「都では悪い噂が流れていたが。王妃様は、そのような方ではない・・・お優しい方であった」


普段、表情を変えないイザル団長がそっと眉を寄せた。

何か思いだすことがあったのだろう。

イザルが王妃の顔から手を除けると安らかに眠る酷く痩せ細った女がそこにいた。

安らかに目を閉じる王妃を見て侍女や使用人たちが、涙を流しすすり泣く声さえ聞こえた。


「・・・い・ぃ・イザル団長」


おどおどとした声でやや遠慮がちに声をかけたのは、サザ団長だった。青白く血行の悪い肌のせいか一瞬、骸骨のようにみえる。

ぺったりとした漆黒の髪を後ろで束ね、指を組みながら少し口元は誇らしげに言葉を紡いだ。


「王子を見た者がおりまして、どうやら城から逃げたと思われます。我らは、メイス大公の命によりこのまま追いますが貴殿は?」


サザの大きな瞳が伺うように、きょろきょろと落ち着きがないが蛇のように狡猾にこちらを見た。

彼の後ろに控えるのは、鍛え抜かれた戦士たち。

しかし、表情はなく虚ろであり生きているのか死んでいるのか分からない。戦い続けても疲れを知らぬ戦士たち____サザ団長に実力はないも、その怪しげな術と姑息な手で団長という地位に伸し上がったのは噂で聞いている。

悪い噂は絶えない_____こいつは、死神だ。

ソロンの同僚はサザの部隊にいたが消息不明となった______嫌な予感しかしない。

(アレクセイ王子が亡くなられれば・・・前王の弟君であったメイス大公が王に・・・)

サザに指示を与えたのがメイス大公ということがソロンは気にかかった______何も言わないイザルに何が可笑しいのか、にやりと笑うサザには嫌悪しか浮かばない。


「王子をどうなさるおつもりですか!」


気がつけば声が出てしまっていた。しまったと思ったがもう遅い。毒蛇の前へ、ソロンは一歩前へ出ていた。


「王子への罪はないかと思われます。第一継承者はアレクセイ王子・・それは変わりありません。年端もいかぬ子供である・・・・幼い王子は・・・いいえ、王子はいずれ王になられる方・・・王都で身柄を預かり良き判断を下してもらわねば・・・!」


誰だお前はと言わん限りにぎろりと凄まじい形相でサザは、ソロンを見つめた。


「・・・メイス大公は、生死は問わないと_____王子であれど、罪人であれば関係はない・・・・そうだろう、イザル」


イザルは、間を置いて口を開いた。


「罪を裁くのは我らではないぞ、サザ。ソロンの言う通り、正式な沙汰は都で下す」


都でも、イザルは英雄として称えられ信頼は厚い。

サザは、悔しそうに言葉を呑み込んだが、イザルの言葉にほっとしてソロンは息をついた。


使用人たちに話を聞きに行っていたイザル騎士団の副団長のルールがようやく戻ってきた。

彼は、とてもマイペースだ。

不穏な空気も一切気にした様子はなく、サザの前をまるでいないかのように平然と通りイザルに効率よく話を進めていく。


「少し遠いですが、小さな村があります。逃げるならそこかと・・・・夜中の内に逃げたのであれば、馬を駆けさせれば1日で追いつきます」


「面白そうじゃん!」


ルールの言葉に、元気よく声を上げたのはサザ騎士団の騎士であった。

訓練所で確か何度か見たことがある。都では見ない、褐色の肌____その風貌はどこか異国の空気を纏っていた。

確か_____大槍使いのジゼル。


「王子と一緒に強そうな男もいたんだろ?」


にこにこと笑みながら男は、豪華な金の装飾のされたソファに寝転んでいる。


「戦いなら、俺も行きたい。いいだろー、団長ぉ~」


ソファから起き上がり、口をとがらせながら融通の利かない子供のようにだだを捏ね始めた。


「・・・おぉ、お前、今回の命に乗る気ではなかったのでは・・・・?・・・・・・わ、わ・・・わかった。ジゼル、着いてこい」


部下に押され、不安げに助けを求めきょろきょろと辺りを見渡す青白い顔の団長は、何とも頼りない。


「ソロンと団長は一時都へ、サザは私が」


ルールが、淡々と告げた。

性格通り、正確にきっちりと切り揃えたルールの赤みがかった髪が揺れた。


「私も協力させて下さい」


ソロンが訴えるが、イザルは何も言わない。一体どうしてとルールを見つめると切り長の瞳が、何の感情もなくソロンを捕えた。


「あなたの父上に守れと言われましたので」


確かに足手まといであったが己にだって実力はある____今まで訓練を積み重ねようやく騎士となったのだ。

しかし、静かに首を振るイザルを見て、ソロンは黙って苦やしさに口を歪め

た。


日はすでに真上に昇っている。

都へと続く道からソロンは、灰色の城を見た。


日の光に照らされてなお、主を失った灰色の城はどこか寂しげで冷え冷えとしている。


潮風が、岩だらけの丘を通り過ぎる______まるで、悲鳴のようだ。


この風景からなのかどうしてもこの先起こる未来に希望が見いだせない。


(・・・王子、どうかご無事で)


鈍色の鎧を纏った死神たちが城を出た。


王子を捕える為に___________




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