第九章、休日5
卸本町の蜃気楼オリジナル文章
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スケート場で..。
良子は、軽やかにリンクを滑っていると、
柿本が追いついて来た。
この当時のスケート場は、日曜日ともなれば、
滑れる間隔が無いほど、大勢の人達がスケートを満喫していた。
決まって場内に流されている、音楽ジャンルは、イージーリスニングであった。
柿本は良子の横に来て、「よう!、滑りは衰えてないな..」。
良子、「あんた、初めて出会った時も、
『よう!、滑るのうまいじゃないか!』だったわよ!」。
そう言って、柿本から離れ行った。
柿本は、良子の後を追って、また横に来た。
良子、「今度は、『よう!、俺とどっちがうまいか、競争しないか?』って、
言わないでよ!」。
柿本、「....よう、俺の方が滑りは衰えてないぜ!」。
良子、「誘い方の内容は、当時と同じでしょ#。この単細胞!」。
柿本、「......」。
そして良子は、フリーで滑っていたのだった。
何気なく時が過ぎ、時は夕方5時を回った頃、
場内も滑る人が、疎らになって来た。
俯き加減で滑る柿本に、手を繋いだ良子。
はっとして顔を上げ、良子の顔を見た柿本だった。
柿本、「どうしたんだよ?」。
良子、「どうしたって、聞く事態センスが無いわね..」。
そして二人は、会話もせず手を繋いだまま、リンクを滑っていた。
すると良子、「そう、今あんたが心の中で思ってる気持ちと、同じ気持ちよ」。
柿本はその時、潤んだ。
柿本が思っていた気持ちは、久しぶりの良子の温もりだった。
何気なく鼻を、人差し指で擦る柿本は、堪えた涙が出そうになった。
その時、良子は柿本が自分に対する愛は、
今でも変わっていない事を、確信したのであった。
良子、「ねぇあんた、お金儲けは旨くなったみたいだけど、
自分の気持ちを隠せない所は、旨くなってない様ね..」。
柿本、「お前は、上手なり過ぎだ」と、呆れた。
しばらく二人は、そんな会話で滑っていたが、
疲れて、リンクサイドのベンチに座っていた。
柿本、「なあ、あのおもちゃのお金はどうした?」。
良子は自分の財布を、着ていたコートのポケットから取り出し、「有るわよ」と、
言いながら、財布から500円銀貨を取り出し、柿本に手渡した。
柿本は、人差し指と親指で、銀貨を掴んで眺めながら、「春菜ちゃんが言っていた、
未来の出来事は、現実になるんだな..」と、呟いた。
良子は、リンクを眺めながら、「あの子、もう未来には帰りたくないらしいの。
携帯電話と言う物が、未来には存在していて、
手のひら寄りも、まだ二周り薄くて小さくて、小さなカラーテレビまで付いている、
持ち運びが出来る、ポケットに違和感無く収まる、移動式電話を持っていたの。
それを、会社近くのがめつい質屋の親父に売ったら、
宇宙人と間違えられて、親父さん恐ろしくなって300万出したのよ」。
柿本は、良子に振り向いて、「それ、春菜ちゃんの言い値だろ!」。
良子、「そうよ..」。
柿本、「時代の価値観が解らない、無垢な子が言いそうな値段だな。
解ってれば、質屋なんかに売らずに、国の科学省辺りに持って行けば、
今頃、拘束されて訳を話せば、今の総理大臣寄りも、
東京の一等地に、大きな土地を与えてくれるぜ!」。
良子、「その、せしめた300万を..」。
柿本はその時、口を挟んで、「良子さんに上げます。
でも、私と何時までも親しい関係でいて欲しい。
そう言ったんだろ!」。
良子、「あんた解るの?、あの子の考え方」。
柿本、「解るさ、あの子は未来を知ってる。
会社の仲間に300万配っても、株、先物、土地価格、業界の勤め先、
中卒で有ろうが高卒で有ろうが、何が淘汰して何が残るかは、
この世の中と、自分が居た時代を見比べれば、身の置き方は自由自在だ。
未来に有る物を、あたかも自分が発想した様に、
どこかの 一企業に提案すれば、瞬く間に出世するぞ!」。
良子、「そうなの、四年後にオイルショックと呼ばれる、
原油の大恐慌が訪れて、『トイレットペーパーが無くなる!』と、言われた市民は、
スーパーで、トイレットペーパーを、無作為に買いあさるらしいの」。
柿本、「それだけでも、大儲けの種だ。すでに300万なんて、はした金だぞ!」。
日も沈んで二人は、スケート場を出て、一緒に食事をしていた。
雰囲気の良い、照明を落としたホテルの最上階のレストラン。
街の明かりが綺麗だった。
食事をしながら、会話する二人が居た。
良子、「綺麗な夜景が見えるわね。
初めて賢にこんなシャレた場所、連れて来て貰ったわね。
皮肉にも別れてから」。
柿本、「態度は柔らかくなったが、言う事はきついな~、昔よりも..」。
良子、「あら、そ!」と、軽くあしらった。
柿本、「今の営んでいる事業の話だが、もう辞めるつもりだ。
いや、勘違いしないでくれ、お前や春菜ちゃんを取り戻したくて、
口実で言ってる訳ではない、確かに危ない橋を渡ってる..」。
良子は、柿本を伺い、「本当にあんたは馬鹿ね#。
自分の思ってる事を、旨く表現出来ない人ね。
宛が出来たのでしょ!、自分一人ならどうなっても構わない、
この土地には親も居なければ、昔捨てた女も居ない。
どちらか、一本勝負になる。
その筋に殺されるか、殺される前に逃げるか。
でも、捨てた女が偶然現れ、下ろした子供の生まれ変わりと、
確信出来る子が、目の前に現れた。
捨てた女は、俺にきっと一生靡かない、でも下ろした子供の生まれ変わりは、
何時までも側に居て欲しい、そうよ自分の子供と確信出来たから、
その子だけには、自分のせいで被害を及ぼしたくない。
それにその子は、未来を知ってる。
安全な事業で、どれが将来有望か、春菜に聞けば春菜を幸せに出来る」。
柿本、「俺はどうして良いか解らない、お前は俺を一生許さない事は、
あの一緒に住んでいた家の、書置きを見た時からそう思っていた。
ヤボな俺は、お前が出て行ってから、お前の本当の辛さを痛感した。
こんなに、しつこく追っても、お前は俺を許さないと思って行動していた。
ただ、一瞬でもいいから、お前の温もりを感じたかったそれだけだ。
お前に甘えていた俺の、愚かな行為だった。
でも、春菜ちゃんは思いが違う、俺の子だと思ってる。
あの子が、今後幸せになれるなら、俺はどんな事でもする!。
正直あの子が、目に入れても痛くないほど可愛いんだ」。
良子、「出来るの?と、言うより出来る抜け道が有るの?。
追われたら水の泡よ、何もかも..」。
柿本、「遣るさ!」。
良子、「あんたは何時も、どっぷり泥沼に浸かってから、喘ぐからね..」。
柿本、「図星だよ」と、ため息を付いた。
良子は、フォークとナイフを皿に置いて、
改めた面持ちで、「春菜に言われたの、『良子さんは、柿本さんの事が好きです。
でも今、柿本さんを許したら、今まで柿本さんに、
味わった事の無い、更なる苦労が訪れます』と、ね」。
柿本、「良子..」。
良子、「賢と過ごした時間は、私にとっては忘れられない青春よ。
私も大人になったの。
だから突っ張らないで、正直に言うわ。
正直に言えば、子供を下ろさせたあんたを、今でも憎んでる。
賢、あんたを殺して遣りたいと思ってた。
でもね、春菜がそう..、生まれ変わりと確信出来るあの子が、
未来で良い両親に巡り合えた事で、私は今のあんたを許した。
春菜も事情を聞いても、恨んで無いのあんたを。
だから、あんたに対して私は今、穏やかな気持ちでいる。
でもね賢、お金が有れば幸せでは無い事も、解ったと思う。
あんた次第でこれから、未来は開けてくるの。
賢、私は今でも愛してる。
今の置かれている立場を捨てたら、もう一度やり直そう、約束するから」。
柿本は、ワインを一口飲んで、「今度の賭けは、山がでかいな、
愛情を取り戻すか、果てるかだ..」。
柿本はこの時、初めて心の底から、自分の行動の愚かさを自省して、
改め直し、真っ当な人生を生きる事の大切さが、理解出来たのであった。
窓の外を見ると、粉雪がこのフロアーの、白熱灯に輝き舞っていたのだった。
この物語はフィクションであり、登場する人物、建物などは実際には存在しません。




