第三章 レトロな街4
卸本町の蜃気楼オリジナル文章
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しばらく二人は、静かなこの部屋で、何をするでもなく、俯いていた。
良子は、急に顔を上げて、「さて、お風呂入りに行くわよ..」。
急に春菜も顔を上げて、「銭湯ですか?」と、喜んだ。
良子は立ち上がり、タンスの上に置いて有った、洗面器を取りながら、
「下の共同風呂よ..」。
春菜は、「そうですか..」と、がっかりした。
良子、「あんた、銭湯行きたかったの?」。
春菜は、「別に..」。
その覚束ない表情に、良子は、「あんたの時代には、すでに銭湯は古臭くて、
存在していないの?。確かに家庭用の浴室は、多くなって来たけど..」。
春菜、「在ります..。スーパー銭湯」。
良子、大笑いで、「あ..あんたの時代は、スーパーマーケットの中に、銭湯が在るの?」。
<作者:間違いではないが..。>
春菜、「そう言う所も在りますね。確かに..」。
良子、「へ~!」。
春菜、「スーパー銭湯とは、大きな銭湯と言う意味で、
駐車場も平均100台以上、駐車出来るスペースが有る銭湯の事です」。
良子、言葉を無くした。
なぜなら、この時代パチンコ屋でも、100台完備の駐車場など無かったからだった。
車の駐車スペース100台も、止めれるという事は、
未来は誰でも、車に乗っている事に気づいて、だんだんこの子が、
未来から来た事を、実感して来たのだった。
今まで春菜が、未来から来たと、信じ難かったその理由は、
大人しそうな髪型で、この当時の普通の女子高校生の様で、地味な感じの、
どちらかと言えば、この時代の人から見れば、
成人では有るが、過去から来た様な、様相だったからだ。
良子と同じ歳の、この時代の人から見れば、春菜は幼顔であった。
良子、「でも、あんたの時代は、しゃれて自宅にお風呂にシャワーなんて、
付いているのでしょ?」。
春菜、「付いてますよ..」。
良子、「なのに、この時代の、小汚い小さな銭湯に行きたいの?」。
春菜、「....」。
その表情を見て、何となく未来人の価値観を、感じて来た良子は、
そっと、呟く様に、「銭湯行こうか..、たまにはいいわ..」。
春菜は、「いや..、別に今日で無くても、週末にでも気が向いたら、
誘ってくれれば」と、遠慮した。
だが結局、良子に連れられ、近所の銭湯に足を運ぶ二人だった。
銭湯の扉をカラガラ~っと開けると、番台からしかめっ面した、
歳の頃から言うと、40歳くらいの女性が、
こちらを睨む様に見て、「70円だよ」。
すると春菜は、自分のスカートのポケットから、財布を取り出すと、
財布から小銭で、500円玉を女性に差し出した。
その女性は更に、顔つきがきつくなり、「なんだい#?このデカイおもちゃの100円は..」。
良子は大笑いで、「100円ねぇ~..」。
そして、良子は、「いいわよ、ここは私が払うから..」。
春菜は、その500円を引っ込めて、良子が財布から小銭を出して、支払った。
脱衣所では、多くの女性で溢れていた。
背中に、綺麗な絵が描かれている人や、老婆や小さな子供から、
話し声が絶えないこの場の雰囲気に、春菜は心を躍らせた。
春菜と良子も、服を脱ぎ始めて、春菜が、「済みません、この繕いは部屋に帰ってから..」と、
スカートを脱ぎながら答えると、良子は、「いいわよ、いつでも」、そう言って、
自分も来ていたシャツのボタンを、外し始めたが、
なにやら春菜の様子が、不自然だった。
自分の脱いだスカートを、そっと何かを隠すように、畳んでいたのだった。
良子は見ない振りをしながら、服を脱いでいた。
服を脱ぎ終えた二人は、脱衣箱に服を入れて、鍵を掛けて、
ガラス扉を開けて、浴槽に向かった。
浴槽に浸かる前の、マナーを済ませた二人は、浴槽に浸かると、
春菜は、「感激ぃ~~!」、叫んだのであった。
それを見た良子は、「どこが感激するのよぉ~?」と、首を傾げた。
春菜は、「この場の空気」と、答えた。
良子は、「はぁ~?、空気..。あんたの時代の銭湯は、そんなに臭いの?」。
春菜、「臭くは有りません。でもこの空間がレトロで、皆な楽しいそうで、
明日の不安なんて無いから..」。
もう、この時点で、良子にとっての未来の思いは、暗かった。
そう、春菜は派遣で働いていた頃、浴槽に浸かっていると、
必ず明日の不安が、頭を過ぎるのであった。
落ち着く時間は決まって、明日の仕事の人間関係であった。
正社員と派遣の立場は、いつも勝ち負けと言う、待遇が会社内にあった為か、
不安ではない状態で、大勢で風呂に入るのは、修学旅行以来であった。
風呂から上がると、タオルで体を拭いて、服を着た春菜に良子は、
ガラス張りの冷蔵庫から、牛乳瓶を二本取り出して、
お金を番台の女性に払い、その一本を春菜に手渡すと、
嬉しそうに、「有難う御座います」と、頭を下げて、
牛乳瓶の紙の蓋を開けて、飲んでいた。
だが、彼女は膨らんでいる方の、ポケットを手で抑えていた。
そして、銭湯を後にして、寮の部屋に戻った二人は、
畳に座り、また何となく会話もせずに、俯いていた。
しばらくして、良子が切り出した。
良子、「ポケットの中の物出しなさい!」。
春菜は、目が虚ろになる。
良子、「香水ではないわね#」。
問い詰めると、春菜は目から涙が一滴、頬を伝った。
そして、そっと札束を、一束一束出した。
良子は目を丸くした、「どうしたのよ!このお金#?。
質屋の叔父さん脅迫したの?」。
春菜、「携帯売りました」。
良子は、顔が強張り、「携帯ってなによ#?」。
春菜、「携帯電話です..」。
良子は、口調が荒くなり、「携帯電話?そうか..、未来では持ち運びが出来る。
いつでもどこでも、通話が出来る電話が存在するのね!」。
春菜は小さく頷いた。
良子、「それで、300万せしめた訳ね!」。
春菜、「そうです..」。
良子は徐に立ち上がり、自分のたんすの、一番上の引き出しを引いた。
春菜は、俯いていた。
すると良子は、引き出しから風呂敷を取り出すと、
目の前の札束を、風呂敷に置いて包んで縛り、春菜の前に差し出した。
春菜は驚いて、「へ..?」と、声を出すと、
良子は、「あんた、こんなかけ離れた時代に来て、暮らして行く為には、
この大金は命の絆でしょ!。
住所不定、しかも身内は居ない、居るけど..、誰もあんたを、身内だとは信じない、
いや..、信じたとしても怖がられるだけ。
この時代には、存在しないあんたの頼りは、資金だけよ、だから、
このお金は、明日銀行に一緒に行って上げるから、納めて来なさい」。
春菜は泣きじゃくり、良子に抱き付いた。
良子は、この未来人を慰める言葉を失い、戸惑うので有った。
この物語はフィクションであり、登場する人物、建物などは実際には存在しません。