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十二月の世界






この話から、あとがきで疑問と情報が整理されていきます。その疑問がどのように解かれていくかを楽しみにしてください



 静かな教室だった。大学の中の一度に数百人入れる大講堂で、人気授業や必修授業でしか使われない教室の一番後ろの席に座った。その空き時間、誰もいないその講堂で、ただ1人で佇んでいるのが好きだった。無音の世界が余りに怖くて、勝手に武者震いを起こしていた。

誰かからの視線を感じていたような感じがした。

 外が寒いと言うのもある。十一月にしては、気温が下がっている感じがして寒かったのかもしれない。


「……」


 ジャンバーの中から、左手でジッポを弄り、机の上に出す。

銀色のジッポ。昔からの愛用品だ。誕生日プレゼントとして貰った大事な品だった。

 それを親指で火をつける。

 まるでその物の名前のように音を鳴らして、ジッポに火がつく。ゆらゆら揺れるオレンジ色の炎。肌に温かみを感じさせた。

 煙草は吸わない。ここは全面禁煙だ。


(結局、何も起こらなかった。自分の知りたいことも、何も変化なんてなかった。まだみたことも無い世界を見れる、か…… なんでそんなの信じたんだ……)



「ねえ、まだ見つかんないの? その幼馴染」



 ぎーっと、講堂の入り口が開いた隙間から、その声が聞こえた。まだ授業が始まるには時間がある。時間を潰すのにこの部屋をあまり使う人は珍しい。

 だからか、とっさに机の影に隠れ、様子を伺ってしまった。隠れる必要もないが、もしかしたらカップルの密談かもしれないと思ったからだ。


「うん……まだなの。もう一ヶ月以上経つんだけど……」


 その質問に誰かが答えた。

 どうやら、入り口から入ってきたのは二人の女性だった。ここからはよく見えないが、声からするに女性だというのは分かった。そしてさらに深刻な内容を話しているのも何となく分かった。

 ここの影からでは、入ってきた二人を見ると、すぐに見つかってしまう。隠れた手前、見つかったら隠れてしまった理由を言わなくてはいけない。その場合確実に変人扱いされるのは当然のことだ。


「こっち、ここで話そう」


 そう言って二人のうちの一人が、教壇に一番近い席に座ったのを感じ取った。


「でも、あなたにメールを送ってきたんでしょ?」


「うん…… 一ヶ月前に、「もう、疲れた」って。あ、でもそういうこと言う人じゃなかったんだ。どちらかというとクールで、現実主義で、まあそんなにカッコよくは無いけど。でも腐れ縁だから、そんな事言っていなくなるような人じゃないの」


 必死に片方の女性が何かを擁護していた。

 その話題が気になって、二人の姿が分かるところまで、見つからないように静かに膝をついて姿勢を低くして移動した。おかげでまだ買ったばかりのジーンズが汚れてしまった。

 二人の女性の後姿が分かるところまで来た。ここなら障害物もなく、向こうからもわからないだろう。


「警察には、連絡したんだよね、そっちからは何か連絡あったの?」


「全然。ただ、山の近くで彼のライター?が落ちてたらしいの。彼が凄く大切にしていたものだから。もしかしたらその山に入ったんじゃないかって」


 どうやら何かを聞いている女性は、緩やかに流れているショコラブラウンのショートボブスタイルで、ナチュラルなウェーブがかかっていた。それに加えて眼鏡をかけているのが何とか視認できた。逆にそれに答えている女性は茶髪の女性とは違い、黒石のような黒のロングヘアーで青い魚の形をした髪留め(バレッタ)をしているのが分かった。その後姿はどこか見覚えがあるような錯覚に捉われた。


「でも、ここの近くにはたくさんの山があるけど、そんな迷うような山は無いと思うんだけど。そんなところがあるとしたら、もしかしてその山って……」


 と、何かに気づいた茶髪女性の声のトーンが急に冷たく、下がった。

 黒髪女性の頭がコクリ、と頷いて言った。



「そうなの。「あの世山(・・・・)」なの」



 その声を聴いた瞬間、何か冷たいものが背筋を通った感じがした。その声で寒い教室がさらに一度二度温度が下がったように思えた。


「でも、そこって心霊スポットじゃなかったっけ?」


「違うわ。都市伝説よ。あの山に入った者は、見たことも無い世界を見ることが出来るって。でも、入った者は誰も帰ってこないっていう話……」


 「あの世山」の話は、この大学の中でも有名な話だ。誰も見つからずに、山に入り、時間を潰すと、いつの間にか見たことも無い世界に行けるという話だ。どうやら見たことも無い世界というのは、異界だと言う者もいた。


「私の友達もあそこに入って確かめたらしいけど、何もなかったみたいよ。ただの戯言だったみたいよ」


 確かに。それは自分自身の行動で証明した。ただの時間の無駄だっただけだった。そのせいで大学の一限の授業には遅れてしまうことになってしまった。本当に災難だ。


「でも、彼はそんなの信じないから、そういう場所に行くっていうのも可笑しな話なの。もし、彼がそういうことするなら、もっと違う方法ですると思う」


 話からすると、どうやら誰かが行方不明になっているらしい。そして「あの世山」にはいった可能性があるらしい。この大学の中の誰かがそうなるなんて思っても見なかった。誰なのか、ちょっと知りたくなかったが、見つかったらもっと大変なことになってしまう。



「そんなに気を落としちゃダメだよ、眞里(・・)



(え?)


 その言葉に自分の耳を疑い、思わず音をたてて立ち上がってしまった。

 前にいる二人の女性の姿が見える。


「うん…、え?」


 慰められた黒髪女性、眞里は頷いて、私のたてた音に気づいたのか、こちらを向く。


「どうしたの?」


 間一髪。彼女が振り向くと同時に、しゃがんで隠れることに成功。

 心臓が嫌に大きくなっているのが自分で分かった。もしかしたら、見つかった可能性もある。


「誰かいる、気のせいかな?」


「ちょっとどこ行くの、眞里」


 誰かがこちらの方に向かってくる気配がする。その足音一歩一歩に自分の体に戦慄が走った。見つかった場合、盗み聞きしていたことがばれてしまう。もちろん、好きで盗み聞きしようと思ったわけではない。流れでそう思われるような状況になってしまったのだ。

 もう、足音がかなり近づいている。


「確か、この辺だった……」


 ばっちりと、目が合ってしまった。

 口を開けたまま、眞里と呼ばれた女性を見る。其彼女はまさしく、椎名眞里だった。風貌も見たことがあるはずだ。自分の幼馴染だったのだから。


「ま、眞里? これは……」


 黙っててくれ、というジェスチャーをするために、口元に人差し指をつけて、訴えた。


「眞里?」


(頼むから……)


 まだ、眞里と目が合ったままだった。彼女の表情は、あまりにも普通で、嫌悪感を醸し出している感じはしない。


「このことは、あとで弁明させてくれ……」


 と、小さな声で必死に訴える。

 目を瞑って、見えない神様に祈って彼女の反応を待った。



「ごめん、ミミ。気のせいだったよ、やっぱり誰もいなかった」



 一瞬にして体にかかっていた重圧から開放された。握っていた手は汗が神割と出ているのが分かった。


「そうでしょ、眞里って結構怖がりだよね。もう時間だからそろそろ行こうよ」


 眞里をもう一度見つめて、礼を言う。


「さんきゅ、眞里…」


 しかし、彼女は無視して、視線をそらしたまま何事も無いようにミミと呼ばれた茶髪女性の方へ戻っていった。まったくこちらを見ずに行ってしまった。


「?」


 たぶん、ここで眞里が反応してしまうと、せっかく誰もいないといってくれた意味がなくなってしまう。だから何も言わずに、こちらを見ずに言ってくれたのだと、そう解釈した。

 安堵のため息を一度だけ深く吐く。

 二人の女性、ミミと眞里は入ってきたドアから出ようとしている。


「大丈夫だよ、眞里。きっとその人、見つかるよ」


 ぎいーっと、ドアが開く音がする。開けた途端、外界からの雑音がかすかに聞こえてきた。


「うん、ありがとミミ」


 彼女達が出て行けば、こっちもすぐに出て行ける。


「早く見つかればいいね、その茂木(・・)君って人」


 どおーん…と、音を立ててドアが閉まり、外界と切り離された。大講堂はまた一瞬にして無音に包まれた。


「…………」


 開いた口が閉まらない。

 別に、緊張から開放されたわけではない。さっきの言葉がまだ頭の中でグルグルと混乱させている。ミミという女性の最後の言葉「茂木」。

 多分そう聞こえたと思う。ここから彼女は少し遠い所にいた。だからたぶん、聞き間違いだと思う。眞里が話していた、行方不明の人、その名「茂木」。

 「茂木」自体、苗字としてありふれている。それに例え自分だとしても、目の前で目線が合い、眞里と話した。


(たぶん、人違いだ。私はここにいるんだから)


 心の中で言い聞かせても、体が勝手に震えていた。自分に少しでも関係あると思うと人間は不安になる。ただの生理的な反応だと解釈した。

ふと、疑問に思うことがある。それを直接口にはしないが、どうしてもそれに関連した言葉だけを言わなくてはいけないような気がした。いや、言わざるを得ない気持ちだった。


(眞里は、気づいたのか?)


 すぐ頭を横に振り、邪な考えを打ち消す。

 









疑問1、行方不明の人、情報:眞里の知っている人、あの世山で行方不明。名前は「茂木」?らしい

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