幽霊、小さな女の子
タバコの煙がユラユラと、漂っては消える。
何本目か分からないタバコを吸い続けて、あっという間に一時間経ってしまった。
ハラハラと落ちる木の葉を見ながら、私はタバコを地面に放り投げ、踏みにじる。
「やっぱり、幻想か…」
誰にも見られずに、
「あの世山」
に入り、そのまま一時間つぶす。
その条件を満たしたとき、見たことも無い世界を見る事が出来るという。
そのお話。
見る限り、そんな
「見たことも無い世界」
なんて、おおそれたものが広がっているようには見えなかった。
変わらずの茶色い木々に紅葉もかなり落ちていて、確かに鳥のさえずりは、時間のせいか、聞こえなくなっていたが、そんな事は取るに足りないことだ。
「うっ、さぶい」
肌を突き刺すほどの冷気の風が身を震わせた。ついさっきまではこんな冷たい風は吹いていなかった。どうやら、気温が下がってきたらしい。
天気は、曇天。十一月にふさわしい気候。
急に寒くなったので、足早にきびすを返す。
「無いか…」
少し残念そうに、独りごちてみた。
それでも何も変わらない。ただ、虚しさと冷たい風が吹き付けるだけ。
ポケットの中にある、細長いものを弄ぶ。
そんな事を信じた自分の馬鹿さ加減にうんざりしながら、ジャンバーを正して歩き出す。
「どこいくの?」
私の後ろからの声に思わず、言い返した。
「どこって、そりゃ…!?」
自分の家と言いかけて、そして気付いた。
誰もいない後ろから声が聞こえるわけもなく、私のそばには誰もいなかったはずだ。
そんな後ろから声がしたら不自然だ。
振り返ってみても誰もいない。
「!?」
確かに声はした。
小さい子供の――どちらかというと、女の子の―声が、私のすぐ近くで。
音がしない。
周りから、音が消えていく。
あれほど、聞こえていた鳥の声も、木々の揺れる音すらも。
例えるなら、無声映画を見ている感じがした。
「こっち」
また、声がする。
急いで、声があったほうを向き、あたりを見回した。
茶色の木、葉がはらはらと落ちているだけで、何もいない。
「こっち」
今度は後ろだ。
一瞬、がさり、という音が、声のした方で聞こえる。
その音に自分の体がこわばっているのが分かった。体全体に鳥肌が立ち、胸を叩く音が速くなっている。
その子供の声だけが、この無声映画の中で聞こえた。
不気味な声に少し、怖くなって私は叫んだ。
「誰だッ!?」
耳を傾けても、返事は聞こえてこなかった。
ただ不気味に、音もなく、葉が散ってゆくだけ。それ以外は変わらない。
「あははは」
今度は子供の笑い声が聞こえる。
前方から聞こえた、違う。
右も、左も、後ろも。
どの方向からも、子供のかわいらしい笑い声が聞こえる。
だがその声も、この雰囲気では恐ろしく思える。
ふと、これは夢ではないのかとも考えたが、それよりももっとふさわしい答えが自分の中に出来てしまった。
幽霊。
(違う!)
浮かんで出てきた答えを即座に否定する。
私はそんなものを信じていない。
だが、子供の笑い声がまだ聞こえている。
もうどこから聞こえるのか分からなくなってしまった。
幽霊。
また、頭の中でその答えが再浮上してきた。
(違うッ!!)
自分でも知らず知らずのうちに、大きく拒絶する。
その声が不協和音並みに頭を響く。
(違う、違う、違う、これは…幽霊なんかじゃ)
自分の脆い倫理観に、活を入れて踏みとどまる。
そして次の瞬間、笑い声が聞こえなくなり、その代わりに今まで聞こえなかった鳥の声、木々の揺れる音が聞こえた。
恐る恐る、周りを見渡して、変なものがないことを確認。
大きな安堵のため息を、はあ〜、とはいて落ち着く。
幽霊。
片隅に残っていた疑問を、今度は簡単に打ち消そうとした。
「そだよ、お兄ちゃん」
そして私は信じられないものを見てしまった。
その答えは私ではない、すぐ目の前。
誰もいなかったはずの私の目の前で、そう答えた子供がいた。
私はその子を、ゆっくりと見つめて、体中の血が引いていくのを感じた。
なぜなら、その子供は、私が知ってる――――子供の頃の幼馴染だった。