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てのひら無双 ~精霊に愛された人形師ときゃわわぬいぐるみ~  作者: 鮪野登呂介
港町エルミナ編

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9/33

次は君に決めた!

戦闘回の翌日、静かに素材と向き合うカエデを書きたかった回です。しろが「まあいっか」しか言わないのに存在感がある、そのバランスを大事にしました。

森に行った翌日、楓は布切れを広げて素材を並べた。


光る樹皮の欠片、青みがかった草のかたまり、強い繊維の束、小さな赤い実、薄緑の魔石の破片、そして魔獣の毛皮の一部。


全部で六種類。


全部で、ぜんぶ初めて触るものだった。


「……すごい」


しろが毛皮の端を鼻でつついた。ぴこ、と耳が動く。気に入ったのか嫌いなのかは読めなかったが、少なくとも危険なものではないという顔をしていた。こういうとき、しろは本当に役に立つ。


「ありがとね、昨日は」


しろが静かにこちらを見た。特に何も言わない。言わないが、耳だけがぴこ、と動いた。それがしろなりの「どういたしまして」なのかどうかは、まだちゃんとわからない。でも楓はそういうことにしておくことにした。


問題は、この素材で何を作るかだ。


毛皮は触り心地が良かった。ドルスが言っていた通り、やわらかくて密度がある。これをぬいぐるみの素材に使ったらどうなるか、楓の頭の中でもうすでにいろんな形が回り始めていた。光る樹皮の欠片は薄くて半透明で、光の角度によって色が変わる。目の素材にしたらどうか。魔石の破片は小さくて角が丸い。アクセントとして縫い込んだら、何か面白いことが起きるかもしれない。


ただし、これらは全部「試してみないとわからない」素材だ。


前の世界で覚えたのは、日本の手芸用品店で手に入る素材を使ったぬいぐるみ作りだ。魔獣の毛皮がどんな針を通すか、光る樹皮が縫い糸をどう受け付けるか、一切わからない。


「……まずは小さいやつで試してみよう」


しろに向かって言うと、しろはもう一度毛皮の端をつついた。賛成、なのかもしれない。


---


午前中はひたすら実験だった。


まず毛皮を小さく切ってみる。普通の布地用のハサミで切れた。切り口は少し毛羽立つが、内側はしっかり締まっている。縫い針を通してみると、抵抗はあるが貫通する。糸は少し太めの方がいい。引っ張っても裂けない。これは使える。


光る樹皮は薄くて硬かった。ハサミで切ると端がパキッと割れる。これは縫い込むより、接着するか埋め込む形の方がいいかもしれない。アルバさんのところで金属の接着剤みたいなものが売っていたような気がする。今度聞いてみよう。


魔石の破片は、触るとほんのり温かかった。


「……なんか、生きてる感じがする」


しろを見た。しろもそれを見ていた。目が少し細くなった気がした。


「精霊みたいなの、入ってる?」


しろの耳が、ぴこ、と動いた。それから少し首を傾げた。首を傾げた。ぬいぐるみが。自分で。


「『たぶん』ってこと?」


しろがまた少し首を傾けた。


楓は魔石の破片を光にかざした。内側がほんのり緑色に光っている。生きている、というより、何かが宿りかけている、という感じだった。これをぬいぐるみに縫い込んだらどうなるか、少しだけ怖くて、でもそれよりずっと気になった。


「あとで試してみよう」


しろの耳がまた動いた。今度は少し速かった。それを楓は、珍しく「楽しみ」という意味だと受け取ることにした。


---


昼ごろ、ルーチェがお茶を持ってきた。


素材の山を見て、まず黙った。次に「なにこれ全部」と言った。


「昨日の戦利品」


「戦利品って言えるんだ」


「ドルスさんが分けてくれた」


「そっか」 ルーチェが毛皮をつついた。 「やわらかい」


「でしょ。これでぬいぐるみ作ったら面白そうで」


「面白そう、じゃなくて絶対すごいやつになるじゃん」 ルーチェが目を輝かせた。 「なんかこの毛、色が変わってる。光の当たり方で」


「そうなんだよ。だから目の素材にしたくて、その樹皮の欠片を」


「ちょっと待って、一個ずつ聞かせて」


ルーチェがお茶を置いて、腕を組んだ。話す気満々の顔だった。楓も針を置いた。こういう話ができる相手がいるのは、悪くなかった。前の世界では推しの配信を聴きながら一人で構想を練っていた。横に誰かいて「それ面白そう」と言ってくれる環境は、思っていたより心地よかった。


一時間ほど、二人で素材の話をした。どれをどう使うか、組み合わせたらどうなるか、この素材で何体作れるか。ルーチェは思ったより鋭い意見を言った。「この色、子どもより大人が好きそう」とか「硬い素材は縫い込みより飾りにした方が売れる気がする」とか。花屋の娘だけあって、商品として人に見せることへの感覚が自然と身についている。


「ね、カエデ」


「なに」


「次、何作るの」


楓はしばらく考えた。素材を眺めた。毛皮を眺めた。しろを眺めた。


「もう一体、試してみたいものがある」


「どんな?」


「しろと全然違う感じのやつ。しろって、落ち着いてるじゃん。クールというか」


「クール」 ルーチェが笑った。 「そうだね」


「だから、真逆のやつ。うるさくて、元気で、こっちに絡んでくる感じの」


「それ、しろが嫌がりそう」


「しろに確認してない」


しろを見た。しろはルーチェのお茶の横で丸まっていた。目を細めていた。寝ているのか起きているのかよくわからない。


「しろ、嫌?」


しろはしばらく何も言わなかった。それからゆっくり目を開けて、楓を見た。耳がぴこ、と一度だけ動いた。


「嫌じゃないってこと?」


しろがまた目を細めた。


「……まあいっか、みたいな?」


ルーチェが吹き出した。 「それがしろちゃんの最高の褒め言葉だよ」


---


午後、楓は毛皮を使って試作品を縫い始めた。


一体目は小さいもので、感触と縫いやすさを確かめるためだけのもの。形はまだ決めていない。ただ手を動かしながら、素材がどう応えるかを確かめていく。


毛皮は思ったより縫いやすかった。普通の布より少し力がいるが、針の通りは安定している。切り口の毛羽立ちも、縫い合わせてしまえば気にならない。むしろ縫い目が目立たない分、継ぎ目のない丸みが出てくる。これはいいかもしれない。


しろが楓の腕の横を歩いてきて、縫っている手元を見た。


「見てるの」


しろは何も言わなかった。でも離れなかった。


楓はそのまま縫い続けた。しろが横にいる。ルーチェは一度帰って、夕方またお茶を持ってくると言っていた。窓の外から港の音がする。石畳を誰かが歩いている。どこかで魚師が大声を出している。


この街の音だ、と思った。


十日前まで知らなかった街の音が、もうすっかり耳に馴染んでいた。コピー機が鳴く音でも、上司の「ハハ」でもなく、海と石畳と職人たちの声。これが普通になっていた。


悪くない普通だ、と楓は思った。


手を止めずに、素材を足して、形が少しずつ生まれていく。しろが横でじっとそれを見ていた。


試作品が一体できたのは、夕暮れになってからだった。


手のひらにのせて眺める。球に近い、まるっこい形。毛皮の色が光の角度によって変わって、少し生き物っぽく見える。目にはまだ何も入れていないが、それでも悪くない。


光らなかった。動かなかった。


それでいい。これは試作品だ。本番は次だ。


「……次は、ドラゴンにしよう」


しろを見た。しろがこちらを見た。


「ダメ?」


しろの耳が、ぴこ、と動いた。


「まあいっか、みたいな感じ?」


しろはそのまま丸くなった。


楓は小さく笑って、次のぬいぐるみのための布を手に取った。


---


その夜、ルーチェが約束通りお茶を持ってきた。


試作品を見せると、「かわいい」と言った。動かないのに、かわいい、と言った。それが少し嬉しかった。


「次、何作るって言ってた?」


「ドラゴン」


「ドラゴン」 ルーチェが繰り返した。 「しろと真逆の、元気でうるさいやつ、でしょ」


「そう」


「ドラゴンがうるさいかどうかは知らないけど」


「縫いながら決める」


「それがカエデスタイルだよね」 ルーチェが笑った。 「縫いながら決める」


「だめ?」


「全然だめじゃない。なんかそれ、カエデらしい」


楓はお茶を飲んだ。甘かった。窓の外、港の灯りがゆらゆらと揺れている。


「ルーチェ」


「なに」


「今日、昨日の話、誰かにした?」


「森のやつ?」 ルーチェが少し考えた。 「お母さんには言った。あとドルスさんのこと知ってる人に少し」


「なんか、広まってる感じがして」


「広まってるよ」 ルーチェがあっさり言った。 「しろちゃんが魔獣を一発で吹き飛ばしたって話、ギルドの中ではもう結構知られてるんじゃない。ドルスさんがしゃべったと思う」


「え、困る」


「困る? すごいじゃん」


「すごいのはしろで私じゃないから」


しろを見た。しろは楓とルーチェの会話を聞きながら、お茶のカップの横で丸まっていた。少しだけ得意そうに見えた。気のせいかもしれないが。


「のんびりスローライフ……」


「してないじゃん」


「したかったんだよ」


「なる気がしないけどね」


ルーチェが笑った。楓も笑った。しろの耳がぴこ、と動いた。


港の灯りが揺れている。どこかで誰かが歌っていた。


次の一体は、うるさいドラゴンにしよう。


楓はそう決めて、お茶を飲み干した。

次回でついにぽぽが生まれます。「しろと真逆のうるさいやつ」、楓が自分で言い出したフラグです。次回の「縫いながら決める」がどこに着地するか、お楽しみに!

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