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てのひら無双 ~精霊に愛された人形師ときゃわわぬいぐるみ~  作者: 鮪野登呂介
港町エルミナ編

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市場のドタバタ

しろの初外デビュー回です。いきなり炎を消すしろ、頼もしすぎる。そしてガルドおじさん、孫のくだりが好きすぎて書きながら笑いました。

市場に行くことにしたのは、糸が足りなくなったからだ。


五日間でかなりの数を縫った。リリアに教えてもらいながら街での稼ぎ方も少しずつ覚えてきたし、子どもたちのぬいぐるみが口コミで広がっているらしく、ちらほら問い合わせも来ていた。悪くない出だしだ。このままのんびりやっていけそうだ、と楓はそう思いながら、しろを懐に入れて花屋を出た。


しろは懐に入れておくと、ちょうど顔だけ出る。


歩きながら顔を下げると、黒い目がじっとこちらを見ている。


「今日も天気いいね」


しろの耳がぴこ、と動いた。


市場は今日も元気だった。魚師が水揚げを叫び、料理人が素材を品定めし、薬師のおばあさんが常連客と世間話をしている。ファンタジーライフみたいな朝だ、と思うたびに楓は少し幸せな気持ちになった。前の世界ではコピー機の前で朝を迎えていたのだから、なんと豊かな転生だろうか。からあげ棒がないこと以外は。


糸屋に向かって大通りを歩いていたとき、それは起きた。


---


どかん、という音がした。


市場の真ん中あたりから、オレンジ色の光が弾けた。


何事かと見ると、革鎧を着た大柄な男が慌てた顔で自分の手を見ていた。冒険者らしい。手のひらから小さな炎がぼっと上がっていて、それが制御できずにじわじわ広がっている。近くの布地の屋台に火の粉が飛んだ。悲鳴が上がった。


「やばい消えない!」


男が叫ぶ。周りの人が慌てて逃げる。


楓は思わず一歩後ずさった。その瞬間、懐からしろがひょいと飛び出した。


「え、ちょ、しろ?」


しろは地面に着地して、炎の方をじっと見た。


次の瞬間。


すうっ、と風が吹いた。


炎が、消えた。


音もなく、跡形もなく。屋台に飛んだ火の粉も全部、まとめて消えた。冒険者の男の手のひらもすっかり元通りで、煙一本残っていない。


市場が、しんとなった。


しろが振り返って楓を見た。なんでもない顔で。


楓もしろを見た。


「……ありがとう」


しろの耳がぴこ、と動いた。


---


静寂は三秒で終わった。


「な、なんだ今の!?」


「炎が消えた!」


「あの小さいの、なんだ!?」


一斉に声が上がった。楓の周りにあっという間に人だかりができた。視線が全部しろに集中している。しろは楓の足元に戻ってきて、ちょこんと座っていた。まるで「なに騒いでるの」みたいな顔で。


さっき暴走していた冒険者の男が、血相を変えて楓のところに来た。


「お嬢ちゃん! それ、どこで手に入れた!?」


「え?」


「その魔道具! 今炎を消しただろ! どこで売ってた!?」


「魔道具じゃないです」


「は?」


「ぬいぐるみです」


男が固まった。楓の後ろにいた別の冒険者が「ぬいぐるみ?」と繰り返した。


「う、嘘をつくな! 今あれ、炎を消したんだぞ!? 俺の魔法が暴走してたのを、あいつが……!」


「知ってます。でもぬいぐるみです」


「ぬいぐるみが炎を消すか!」


「消しましたよね、今」


「それはそうだが!」


話が一周した。楓は困った。しろを見た。しろはごろんと横になって前脚を伸ばしていた。完全にリラックスしている。こっちは大変なんだけど、という気持ちを込めてしろを見たが、しろは欠伸をした。やる気がない。


「あー、もう! とにかく、それは何なんだ!」


「ですからぬいぐるみで……」


「精霊が宿ってるのか!?」


「……たぶん」


「たぶん!?」


「確かなことはわからなくて」


「いや確かなことくらいわかれよ!!」


男が頭を抱えた。楓も若干頭を抱えたかった。わからないものはわからないのだ。精霊が宿る法則は今でも謎のままで、自分でもよく理解できていない。ただしろがここにいることと、必要なときに動いてくれることだけが確かだった。


周囲の野次馬がざわざわしていた。


「精霊が宿った人形、なんて聞いたことないぞ」


「昔話にはあったけど……」


「あれ本物か?」


「でも今炎を消したのは見たよな……」


しろが楓の足元でのほほんとしている。お前がもう少し威厳のある態度を取ってくれたら説明が楽なんだけど、と楓は思った。ごろんと横になっていては威厳もなにもない。かわいいけど。


---


「ちょっとギルドに来てもらえるか」


人だかりをかき分けて現れたのは、がたいのいい五十代くらいの男だった。髭が濃くて、腕が太くて、でも目は意外と温かかった。腰に剣を差しているが、身にまとっている雰囲気は戦士というより管理職に近い。


「ギルド長のガルドだ。話を聞かせてくれ」


ガルドは楓を見て、しろを見て、それから楓に戻った。


「怖くない。ちょっと確認したいだけだ」


「……わかりました」


楓はしろを拾い上げて胸に抱えた。しろがこちらを見た。なんか頼りにしてるからな、という気持ちを込めて見返した。しろの耳がぴこ、と動いた。たぶん伝わっていない。


---


ギルドは市場から少し奥に入ったところにあった。石造りの建物で、入口の上に剣と盾の紋章が入った看板が出ている。中に入ると、受付らしき窓口と、奥にテーブルが並んだ広い部屋があった。冒険者らしき人たちが数人いて、楓が入ってきたのを見てざわめいた。さっきの話が広まっているらしい。早い。


ガルドが奥の部屋に案内してくれた。椅子を勧められる。楓は座って、しろを膝の上に置いた。しろはすぐに丸まった。


ガルドが向かいに座って、しろをじっと見た。


長い沈黙だった。


「……精霊が、宿っとる」


静かに言った。断言だった。


「やっぱりそうですか」


「わかるんだ、俺は。気配を感じ取れる。ごくわずかな人間にしか持てない力だが」ガルドが顎を撫でた。「こんなものに精霊が宿るとは思わんかったが。どうやって作った」


「布と糸と綿で、ぬいぐるみを縫いました。前の……遠い土地で習った技術で」


「お前が作ると宿るのか?」


「毎回じゃないです。しろだけです、今のところ」


「しろ?」


「この子の名前です」


ガルドがしろを見た。しろもガルドを見た。


目が合った。


じっと見合って、どちらも動かない。五秒、十秒。


ガルドが先に目を逸らして、額に手を当てた。


「……この精霊、本気を出したら街が一個消えるかもしれん」


「え」


「気配がそれくらいある」


楓はしろを見た。しろは丸まったまま目を細めていた。昼寝の気配すらある。


「……そうは見えないんですが」


「見えないのが怖いんだ」ガルドが腕を組んだ。「ただ、悪意はない。この子も、お前も。そこは確かだ」


「はい」


「だから問題はない」ガルドがそう言い切った。「ただし、街でむやみに暴れさせるな。今日みたいに必要なときはいいが、遊びで力を使わせるな」


「わかりました」


「以上だ」


「……以上ですか?」


「以上だ。もう帰っていい」


あっさりしていた。楓は少し拍子抜けした。もっと根掘り葉掘り聞かれるかと思っていた。立ち上がりかけると、ガルドが思い出したように言った。


「……人形師、だったな」


「はい」


「うちの孫に、一個作ってくれんか」


楓は止まった。


「孫、ですか」


「五歳だ。女の子だ。うさぎが好きらしい」


あの豪快な見た目で「孫」「五歳」「うさぎが好き」というワードが出てきたのがあまりにも予想外で、楓は少しの間そのまま固まった。ガルドは無表情だった。しろが楓の膝の上でごろんと転がった。


「……はい、作ります」


「頼む」


ガルドは立ち上がって、さっさと部屋を出ていった。颯爽と、でもどこかほっとした背中だった。


楓はしろを見た。


「聞いた?」


しろの耳がぴこ、と動いた。


---


ギルドを出たら、ルーチェが外で待っていた。


「なにがあったの」


「しろが炎を消して、人だかりができて、ギルド長に呼ばれた」


「…………一個ずつ話して」


二人で市場の端の石段に座って、ルーチェがお茶の入った水筒を取り出した。家を出るときに持ってきたらしい。こういうところがこの子はちゃんとしている。


「炎を消したって、しろが?」


「冒険者の魔法が暴走して、しろがすうって」


「すうって」


「すうって消した」


「……すごいね」


「すごいよ。怖かったよ」


「それでギルド長が出てきて?」


「精霊の気配がわかる人らしくて、しろを見て『本気出したら街一個消えるかもしれん』って言われた」


ルーチェが水筒を持ったまま固まった。


「……街一個」


「消えるかもしれない」


二人でしろを見た。しろはルーチェの膝の上に移動して、ごろんと転がっていた。


「こいつが?」


「こいつが」


「かわいい顔して」


「かわいい顔してるよね」


しろが二人の視線を受けて、片耳だけ動かした。起きているのか寝ているのかよくわからない。でも少し得意そうに見えるのは気のせいだろうか。


「ギルド長はなんて?」


「むやみに暴れさせるな、ってだけ。あとは帰っていいって言われた」


「それだけ?」


「それだけ。あと孫のぬいぐるみを作ってくれって」


ルーチェが吹き出した。


「孫!」


「五歳の女の子らしい。うさぎが好きって」


「あの人が!?」


「あの人が」


「ギャップがすごい」


「すごかった」


二人で笑った。しろがルーチェの膝の上で何かに反応したのか、少し顔を上げてからまた横になった。なんだかもう完全にこの場所を気に入っているらしい。


ルーチェが水筒を楓に渡した。温かかった。ミラベルの葉のお茶だ、と一口飲んでわかった。


「のんびりスローライフ……」


楓は石段に座ったまま、遠い目で呟いた。


「してないじゃん」


「してたかったんだよ」


「なる気がしない」


「なってほしいんだけどな」


ルーチェが「まあね」と言って、自分の分の水筒を飲んだ。


市場の喧騒が遠くから聞こえてくる。さっきの騒動のことはもうみんな忘れて、いつも通りの声が飛び交っている。この街の人たちはいちいちくよくよしない。それがいいと楓は思った。


しろが目を閉じた。


今日も晴れていた。

「のんびりスローライフ……」一回目が出ました。これからも折に触れて遠い目をするカエデをよろしくお願いします。ガルドとの関係がここから少しずつ積み上がっていきます!

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