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てのひら無双 ~精霊に愛された人形師ときゃわわぬいぐるみ~  作者: 鮪野登呂介
王都アルヴェリア編

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兆しが見えた!

しろが何かを感じるとき、だいたいろくなことがない——というのはカエデの経験則です。でも今回は少し違った。外じゃない、って言ったんです。それがなんなのか、この話で書いています。

ある朝から、しろがそわそわしていた。


そわそわ、というのはしろらしくない言葉だ。普段のしろは懐の中でじっとしていて、動くときは必要があるときだけで、無駄な動きをしない。だからこそ、カエデはすぐ気づいた。


朝食の最中、しろが懐の中で位置を変えた。少し経って、また変えた。落ち着かない、というより、何かを探っているような動き方だった。


「しろ、どうかした?」


返事はなかった。でも懐の中で、しろの体が少しだけ固まった。


聞こえている。でも答えない。それは「答えられない」か、「まだわからない」のどちらかだ、とカエデは最近わかってきた。しろは嘘をつかない。だからわからないことは言わない。


ぽぽが肩の上で首を傾けた。「ぽっ?」


「わかんない」


「ぽっ」


ホークが作業台の端で羽を整えながら、口を挟んだ。「しろ様が何かを感じていらっしゃるのは明白ですわ。ただ、それが何かをわたくしたちに説明するのが難しいのでしょう」


「なんでホークはしろにだけ様をつけるの?」


「格の問題ですわ」


ぽぽが「ぽっ!」と鳴いた。不服そうな音だった。


---


その日の昼、タウルのところに素材の追加発注をしに行ったとき、しろの様子が変わった。


ギルドの中に入ったところで、しろが懐から顔を出した。珍しいことだった。人目のある場所では基本的に出てこない。それなのに、するりと顔を出して、ある方向をじっと見た。


王都の中心の方角だった。


「しろ?」


「……違う」


「え?」


「外じゃない」


しろはそれだけ言って、また懐に戻った。カエデはしばらくその場で固まっていた。タウルが作業台から顔を上げて「どうした」と言った。


「しろが何かを感じてるみたいで」


「精霊が、か」


タウルは少し考えてから、作業の手を止めた。珍しいことだった。タウルが手を止めるのは、大事な話をするときだけだ、とカエデは経験から知っていた。


「精霊は、主の変化を感じ取ることがあるらしい」


「主の、変化?」


「技が深まるとき。心が変わるとき。そういうとき、精霊の方が先に気づく」


カエデは「外じゃない」というしろの言葉を思い出した。外からくるものじゃない。内側の、何か。


「……私が、変わってるってことですか」


「さあな」タウルは素っ気なく言った。「俺にはわからん。精霊のことは精霊の専門家に聞け」


懐の中のしろに聞いてみたが、しろは答えなかった。ぽぽが「ぽっ?」と覗き込んだら、「近い」とだけ言って目を閉じた。ぽぽが「ぽっ!!」と何かに対して主張した。


カエデにはよくわからなかったが、なんとなく大事な話をしている気がしたので、黙って見守ることにした。


---


その夜、ガルドからの手紙が届いた。


定期便の船に乗せてくれたらしく、王都についてから三日目の夕方だった。文字は相変わらず短くて、追伸がいつも本文より長い。


本文は「変わりない。エルミナも変わりない。エリの訓練が今月から始まった」だけだった。どうやら何か武術でも習い始めたらしい。


追伸は二つあった。


追伸の一つ目:「つきが昨夜エリの勉強中に膝に乗って動かないと言っている。エリは喜んでいる」


追伸の二つ目:「つきが今朝は台所の窓に座っていた。外を見ていた。何を見ていたのかはわからない」


カエデは手紙を読んで、しばらく動けなかった。


つきは距離制限で動けないはずだ。でもこれだけ王都に長くいると——。変化が起きているのかもしれない。つきが外を見ていた。何かを感じ取って、見ていた。


しろが懐の中で、静かに動いた。


「……つきが、見ていた」


確認するように言うと、しろは「そうだ」と返した。短く、でもはっきりと。


「しろも、何か感じてる?」


少し間があった。


「……もうすぐ、変わる気がする」


何が、とは言わなかった。でもカエデには、しろが「外じゃない」と言ったときの方向が重なった。自分の内側の、何か。技か、心か、それとも精霊との関係か。まだわからない。でも、変わろうとしている何かが、確かにある。


ぽぽが「ぽっ!」と鳴いた。今度は元気な音だった。


「楽しみ?」


「ぽっぽん!」


ホークが羽の配置を直しながら「わたくしも注目しておりますわ」と言った。それが励ましなのか単なる観察宣言なのか判断できなかったが、悪い気はしなかった。


---


その翌日、タウルが「一つ、試してみないか」と言ってきた。


作業台の引き出しから、小さな革袋を取り出した。中に入っていたのは、見たことのない粉末だった。銀色というより、光の当たり方で色が変わる。


「これは?」


「精霊石の、中でも特に古いものから取れる粉だ。うちの師匠の師匠が残していった。量は少ない。だが——」タウルはカエデを見た。「心を込めた仕事をする奴にしか、使い方を教えたくなかった」


カエデは返事に詰まった。褒められているのかと思ったが、タウルの顔は相変わらず素っ気なかった。


「……ありがとう、ございます」


「礼はいい。聞くか、聞かないか」


「聞かせてください」


「そうか」


タウルは革袋を作業台に置いて、話し始めた。声は低くて淡々としていたが、言葉一つひとつに、長い年月の重みがあった。精霊石の粉は単体では使えない。特定の素材と組み合わせて、特定の順序で縫い込む。その手順を間違えると、精霊の力の通り道が詰まる。そうなると素材の強度は増すが、精霊との親和性は逆に下がる。


「精霊のための素材強化は、精霊と相談しながらやるものだっていつもこぼしてたみたいだぜ」


しろが懐の中で静かに動いた。ホークが作業台の端で微動だにしなかった。ぽぽだけが「ぽっ?」と首を傾けた。


「ぽぽも相談に入りますか」


「ぽっ!!」


タウルが珍しく、口元をわずかに動かした。笑った、のかもしれなかった。


---


その夜、侯爵がまた廊下でカエデとすれ違った。


昨日より、少しだけ顔がやわらかかった。「……世話をかけた」と言った昨夜の言葉を、まだ引きずっているのかもしれない。カエデも引きずっていたから、おあいこだと思った。


「いえ」と返したら、侯爵は何も言わずに行ってしまった。でも廊下の曲がり角で、一度だけ振り返った。


怒っているわけじゃない。感謝しているわけでもない。ただたださ、どういう顔をすればいいか、まだわかっていない。


カエデも同じだったから、それでいいと思った。


部屋に戻ると、しろが懐から出てきて、膝の上に座った。普段はしない。でも今夜は、そこにいた。


「……変わるのが、怖い?」


しろに聞いたのか、自分に聞いたのか、よくわからなかった。


しろは答えなかった。でも少しだけ、体が温かかった。


ぽぽが「ぽっ」と小さく鳴いた。今夜は静かな音だった。


のんびりスローライフ……と思いかけて、でも今夜はその言葉が浮かばなかった。変わる、という予感が、思ったより近くにあった。

しろが「外じゃない」と言ったシーン、ここが全部です。タウルが秘伝を教えてくれた。侯爵が少し軟化した。そしてしろがカエデの膝に座った。小さいことばっかりですけど、全部大事な話です。次回、深化します。

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