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てのひら無双 ~精霊に愛された人形師ときゃわわぬいぐるみ~  作者: 鮪野登呂介
王都アルヴェリア編

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特殊素材!?

ミアちゃんのぬいぐるみを作る回です。初めて特殊素材を使います。失敗もします。でも、最後に笑顔が来ます。それだけで全部報われる。カエデもそう思っているし、私もそう思っています。

翌朝、カエデは裁縫職ギルドへ向かった。


借りている部屋で作業してもよかったのだが、特殊素材の扱いについてタウルに確認したいことがあった。昨日もらった素材の袋を抱えて、石畳の朝の道を歩く。王都の朝は早い。馬車の音、市場の声、どこかで焼きたてのパンの匂いがする。


エルミナとは違う喧騒だ、とカエデは思う。好きかどうかはまだわからない。ただ、慣れてはきた。


懐の中でしろが静かに息をしていた。ぽぽは肩の上で周囲をきょろきょろと見渡している。王都に来てからずっとこんな調子で、ぽぽの観察眼はなかなかのものだとカエデは思い始めていた。


「今日もついてくるの」


問いかけると、ぽぽが「ぽっ」と答えた。当然だ、という音だった。


---


ギルドの奥、タウルが作業台に向かっていた。老いた手が慣れた動作で素材を確認している。カエデが入ってくると、振り返りもせずに言った。


「来たか。素材の件か」


「はい。初めて使うので、確認したいことがあって」


「座れ」


タウルは作業台の端を指差した。カエデが腰を下ろすと、タウルはやっと振り返った。


「魔力繊維は、普通の糸と同じように扱っていい。ただし、針は鉄より真鍮の方がいい。鉄だと繊維が反応して縺れることがある」


「鉱石の粉末は?」


「綿に混ぜて中綿にする。均一に混ぜること。偏ると精霊が宿ったとき、力の流れが歪む可能性がある」


「……歪む、というのは」


「壊れやすくなる、ということだ」タウルは短く言った。「精霊が宿る前提で作るなら、なおさら丁寧にやれ。精霊は心を感じ取るらしいからな。雑な仕事には宿らない」


懐の中でしろがかすかに動いた。同意しているのか、それとも単に寝返りを打っただけか。


「わかりました。ありがとうございます」


「……お前が作るのは誰のためだ」


「子どものためです。八歳くらいの女の子」


タウルは少し黙ってから、「そうか」と言った。それだけだった。でも作業台に戻りながら、「植物由来の染料は子どもの肌に優しい。そこに置いておく」と付け加えた。


カエデは、ありがとうございます、ともう一度言った。


---


作業は午前中から始めた。


最初の失敗は、三十分後に来た。


魔力繊維を普通の糸と同じ張力で縫い進めていたら、途中で細かいほつれが走った。繊維が弾力を持っていて、引きすぎると逆に緩みが生じるらしい。解いてやり直す。


「……思ったより繊細だな」


ぽぽが「ぽっ」と言った。気の毒そうな声だった。


「見てないでいいのに」


「ぽっ」


見る、という音だった。かわいいやつめ。


しろは作業台の端に置かれた素材の袋の横で、静かに目を閉じていた。邪魔しない、でもそこにいる、という佇まいだった。カエデにはなんとなく、しろがこの作業を見ている気がした。精霊が素材に宿るかどうかは、こういう時間の積み重ねにもよるのかもしれない。


二度目の挑戦。今度は張力を落として、糸を引きすぎないように意識しながら縫う。慣れた手つきとは言えないが、丁寧に、一針ずつ。形は小さな動物にしようと決めていた。うさぎ。ミアが「強い子がいい」と言っていたから、うさぎは意外かもしれない。でも、うさぎは逃げる動物だと思われがちだけど、足が速くて、跳ぶ力がある。弱くない。


それに、可愛い方がいいとも思った。強さと可愛さは、両立する。


しろだってそうだ。見た目は小さな狼のぬいぐるみだが、カエデが知る限り、これほど頼もしいものはない。


---


中綿に鉱石の粉末を混ぜる作業は、思ったより時間がかかった。


均一に、と言われたがそれが難しい。混ぜすぎると粉末が固まる。混ぜなさすぎると偏る。何度かやり直して、ようやく「これくらいかな」という感覚をつかんだ。


そのとき、ギルドの奥からタウルが戻ってきた。カエデの手元を見て、ほんの少し立ち止まった。


「……均一に混ざっているな」


「時間がかかりました」


「時間がかかってもいい仕事をする方が、早くて雑な仕事よりいい」


言い捨てるように言って、タウルはまた自分の作業台に向かった。カエデはそれを聞きながら、なんとなく胸の中が少し軽くなる気がした。


別に認めてもらいたくて作っているわけじゃない。でも、認めてもらえると嬉しい。それが正直なところだった。


---


昼を過ぎて、形が出来上がった。


小さなうさぎ。耳が少し長い。足が丸い。目には濃い茶色の小さなボタンを使った。植物由来の染料で淡いクリーム色に仕上げた体に、耳の内側だけ少し薄いピンクを入れた。


素材が普通の木綿じゃないからか、仕上がりに独特の艶があった。光の当たり方によって、ほんの少しきらきらして見える。


カエデはそれを手のひらに乗せて、しばらく眺めた。


「……どうだろ」


懐のしろが顔を出した。うさぎを一瞥する。何も言わない。でも目が少し細くなった。カエデには、それが「悪くない」という意味だとわかるようになっていた。


ぽぽが肩から身を乗り出して、うさぎの耳をつついた。


「ぽっ!」


「つつかない」


「ぽっ!」


つつく、という音だった。


ミアの顔を思い出してしまった。あの、こわばった顔。笑い方を忘れているような目。


このうさぎを渡したとき、あの子が笑えるかどうか。


まだわからない。でも、できることはした。あとは渡すだけだ。


---


夕方、セレナを通じてミアが来た。


アルウィン侯爵邸の一室。ミアは昨日と同じ服装で、昨日と同じ硬い顔をしていた。セレナが「カエデさんが作ってくださいました」と告げると、ミアはカエデの手元に視線を向けた。


カエデはしゃがんで、目線を合わせた。そして、うさぎを差し出した。


「はい。強い子です」


ミアが、うさぎを見た。


しばらく、何も言わなかった。受け取るかどうか迷っているような、でも視線が離れないような、そういう間だった。


「……うさぎ、ですか」


「うさぎは足が速くて、跳ぶ力がある。強いと思って」


「……うさぎが、強い」


「はい。あと、可愛い。強くて可愛いのが、一番いいと思って」


ミアが、ゆっくりうさぎを受け取った。小さな手のひらに乗せて、じっと見る。耳をそっと触る。光の加減で艶が変わるのを、不思議そうに傾けて確かめる。


そして。


ほんの少し、口元が動いた。


笑顔とは呼べないかもしれない。でも、笑もうとした顔だった。久しぶりに、そうしようとした顔だった。


「……ありがとう、ございます」


声が、さっきより小さかった。でも、さっきより柔らかかった。


カエデは「どういたしまして」と言いながら、胸の奥に何か温かいものが灯るのを感じた。名前のつけにくい何かだった。でも確かに、そこにあった。


セレナが静かに目を細めた。クロードが扉のそばで、ほんのわずか表情を緩めた。


しろが、懐の中でひっそりと息をした。

ミアちゃんが笑った。小さな笑顔でしたけど、あれが全部です。カエデが「あの子に笑ってほしかったんでしょ」ってルーチェに言われるのは次の話ですが、今回はカエデ本人も気づいていません。でも気持ちは動いている。それでいいと思っています。

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