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てのひら無双 ~精霊に愛された人形師ときゃわわぬいぐるみ~  作者: 鮪野登呂介
王都アルヴェリア編

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人形披露お茶会...?

セレナが「困っています」と即答する場面を書きたかった。嘘をつかないのがセレナです。怒っていない、でも困っている。そこが全部。

朝、クロードが書類を持って来た。


楓が一階の作業台に向かっていると、静かなノックの後、クロードが入ってきた。いつものように無駄のない動きで、いつものような表情で、でも手に持っている書類の束が、今日はいつもより厚かった。


「何ですか」


「お嬢様への茶会の申し込みでございます」


「それが何で私に」


「内容をご確認いただきたく」クロードが書類を静かにテーブルに置いた。「全て、ぬいぐるみを拝見したいという趣旨のものでございますので」


楓はその書類の束を見た。厚さが、思ったより三倍くらいあった。


「……何件ですか」


「現時点で三十七件でございます。昨日だけで十四件届きました」


楓は何も言わなかった。何も言える気がしなかった。しろが懐の中で少しだけ体を硬くした。ぽぽが肩の上で「ぽっ……?」と首を傾けた。今日のぽぽは珍しく疑問符の音がした。


---


セレナに話を聞いたのは、その日の午後だった。


テラスに通されると、セレナがいつもの椅子に座っていた。いつもの涼しい顔をしていた。ただ、テーブルの上に紅茶のカップが一つあって、その紅茶がまだほとんど減っていなかった。考え込んでいたのだろうと、楓は思った。


「聞いたよ」と楓が言った。「ごめんね~」


「あなたが謝ることではありません」とセレナがすぐに言った。言い方は穏やかだったが、速かった。準備していた答えのようだった。「ただ」


「ただ」


「私の茶会が、人形見学会になっています」


「……はい」


「一言そこに書いておいてほしかった、とは思います。招待状に」


「どう書けばよかったかなぁ」


「『精霊が宿るぬいぐるみを持つ人形師が同席します』とでも」


楓は少し考えた。「それを書いたらもっと来ない?」


セレナが少し黙った。「……そうかもしれません」


紅茶の湯気が細く立ち上っていた。テラスの外で、庭師が植え込みを整えている音がした。静かだった。静かすぎて、セレナの感情が全部空気に溶けているような気がした。


「セレナは」と楓は聞いた。「怒ってる?」


セレナが楓を見た。少し、目を細めた。「怒ってはいません」


「困ってる?」


「困っています」


「正直だね」


「嘘をついても仕方がないので」セレナがカップを持ち上げて、一口飲んだ。それから少し息を吐いた。「私の茶会は、もともと少人数で話をするためのものでした。静かに、自分のペースで、知っている人たちと」


「それが」


「それが、ぬいぐるみを見たい人の集まりになっています」


楓はそれを聞いて、少し胸が痛くなった。「本当に申し訳」


「謝らないでください」セレナが穏やかに、でもはっきり言った。「あなたのせいではありません。ぬいぐるみが来たいなら来ればいい、と私が言ったのです。結果に文句を言う資格はありません」


「でも不本意でしょう」


「不本意です」


「正直だね」


「さっきも言いました」


セレナが少しだけ、表情の端を動かした。笑ったわけではなかった。でも怒ってもいなかった。ただ、何か小さなものが解けた、という感じがした。


---


クロードが新しいお茶を持ってきた。


テーブルに並べながら、「申し込みが四十一件になりました」と報告した。声は完全に穏やかだった。感情が全くなかった。こういうとき、クロードの無表情は本当に見事だと楓はいつも思う。良い意味で。どんな知らせを持ってきても、クロードがいると世界の温度が一定に保たれる気がする。


セレナが「承知しました」と言った。クロードが「断りのお返事を差し上げましょうか」と言った。セレナが少し間を置いた。


「……いいえ」


クロードが少し首を傾けた。「受けられますか」


「全てではありませんが、何件かは。どうせ断っても別の機会に来ます。であれば、私がペースを決めた方がいい」


さすがだ、と楓は思った。セレナは必ずこうする。困っていても、その困り方を自分でコントロールしようとする。エルミナにいたときからずっとそうだった。距離制限を知った瞬間に「では私が住めばいい」と言い切ったあの日から、ずっとそういう人だ。


「セレナって、強いね」


セレナが楓を見た。「そうですか」


「そう。私だったら三件目くらいで全部断ってる」


「あなたは正直ですね」


「今度は私のほうね」


セレナが今度は、少しだけ笑った。端がほんの少し上がっただけだったが、確かに笑っていた。クロードが「お嬢様」と言いかけて、やめた。言葉にしなかったが、楓にはわかった。珍しい、と思ったのだと思う。


---


夕方、ルーチェが花の仕入れから帰ってきた。


話をすると、ルーチェは「四十一件かあ」と言って、特に驚いた様子もなく花の種の袋を荷物から取り出した。「そうなるよね」


「そうなると思ってたの?」


「だって王都じゃん。あれだけ広い街で、ぽぽが貴族のお嬢様方に大ウケしたんだから、話が広まるのは当然じゃん」


「……確かに」


「カエデって、人を幸せにしすぎるんだよ」ルーチェが花の種を引き出しに片づけながら言った。「ぽぽが嬉しそうにしてたら周りが笑うし、つきがどっしりしてたら周りが安心するし、しろが何も言わなくても周りが静かになる。それが広まるのは止められないよ」


楓は少し考えた。「それを言うなら私じゃなくてしろたちのせいでは」


「作ったのはカエデじゃん」


「それは」


「そういうこと!」とルーチェが楓の口調を真似た。珍しくルーチェが断言した。


楓は返せなかった。論理的に正しかったので。


ぽぽが「ぽっ!!」と言って肩の上で胸を張った。同意しているのか単に便乗しているのかわからなかった。しろが懐の中で少し重くなった。気のせいかもしれなかった。


のんびりスローライフ、と楓は思った。遠い目だった。四十一件。四十一件の茶会申し込みが来ていて、セレナが静かに辟易していて、クロードが淡々と報告してくる。これがのんびりスローライフの未来図だったかというと、かなり違う気がした。


でも、セレナが笑ったのは良かった。


根拠はなかったが、そう思った。

ルーチェの「カエデって人を幸せにしすぎる」という台詞、第2章で一番好きな台詞になりました。楽しんでいただけたら、ブックマークや高評価をいただけると次を書く力になります。よろしくお願いします!

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