王都、でっか!
ぽぽの感嘆符が六つになった回です。しろが「……大きい」とだけ言って戻るのと対比させました。
船が港に着いたのは、昼過ぎのことだった。
王都の港は、エルミナとは規模が違った。桟橋の数が違った。停まっている船の大きさが違った。荷揚げをしている人間の数が違った。声の量が違った。においが違った。空の広さまで、なぜか違う気がした。
楓はしばらく桟橋の上で立ったまま動けなかった。
「すごい」とルーチェが言った。
「すごいですね」とセレナが言った。出迎えに来ていた。クロードが隣に立っていて、荷物を受け取る準備をしていた。このスケールの場所にいても、クロードだけは浮いていなかった。どこにいても完璧な人というのは本当にいるのだと思った。
しろが懐から顔を出した。
王都を、一瞥した。
また懐に戻った。
楓は「どうだった」と聞いた。しろは「……大きい」とだけ言った。それだけだった。しろにしては珍しく、評価が短かった。
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ぽぽはちがった。
「ぽっ!!!!!!」
今日のぽぽは感嘆符が六つ分あった。楓の肩の上で立ち上がって、首をぐるぐる回して、港の全方向に「ぽっ!!!!!!」を繰り返した。エルミナでも「ぽっ!!」はあったが、今日は桁が違った。興奮の単位が違った。
「ぽぽ、うるさい」
「ぽっ!!!!!!」
「落ち着いて」
「ぽっ!!!!!!」
しろが懐の中から一度だけ前足を出して、ぽぽの足首をつかんだ。ぽぽが「ぽっ……」と一気に音量を落とした。それでもまだ三つ分はあった。
セレナが「……元気ですね」と言った。
「いつもこのくらいです」と楓は言った。正確には、いつもの倍だったが、説明が難しかった。
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馬車に荷物を積んで、街に入った。
石造りの通りが続いていた。エルミナも石畳だったが、幅が違った。三台の馬車が並んで走れるくらいの道が、どこまでも続いていた。両側に建物が立ち並んで、二階も三階も四階もあった。看板が出ていた。人が歩いていた。大勢の人が、当たり前のように歩いていた。
楓は馬車の窓から外を見て、「のんびりスローライフ……」と小さく呟いた。遠い目だった。
「どうしましたか」とセレナが聞いた。
「なんでもないです」
ぽぽが「ぽっ!!!!!!」と窓の外に向かって鳴いた。セレナが少し目を細めた。しろが再び前足を伸ばした。ぽぽが「ぽっ……」と落ちた。
このやりとりが三回繰り返された。
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途中でルーチェが「止めてください」と言った。
馬車が止まった。クロードが「どうされましたか」と聞いた。
「花屋があります」
窓の外を見ると、確かにあった。石造りの建物の一角に、色とりどりの花が飾られた店があった。エルミナの花屋と造りは似ていたが、規模が三倍はあった。店先に出ている花の数が違った。
ルーチェが馬車を降りようとした。楓が「待って」と言った。ルーチェが「ちょっと見るだけ」と言った。楓が「到着してすぐ迷子になる気ですか」と言った。ルーチェが「迷子にはならない」と言った。
クロードが「ご安心ください。こちらの通りの名前を覚えておけば」と地図を出した。ルーチェが「ありがとうございます」と言って地図を受け取り、馬車を降りた。
「クロードさん」と楓は言った。
「申し訳ありません」とクロードが静かに言った。表情は変わっていなかったが、耳が少し赤かった気がした。気のせいかもしれなかった。
セレナが「ルーチェさんは正しい判断をしていると思います」と言った。「花屋を見る、というのは合理的な行動です。仕入れ先の確認という意味で」
「それはそうですが」
「今から邸に向かっても夕方になります。少し時間があります」
楓は窓の外のルーチェを見た。ルーチェはもう店の中に入っていた。店主と何か話していた。楽しそうだった。
ぽぽが「ぽっ!!!!!!」と言った。今度は賛同の意だった。
しろは何も言わなかった。
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アルウィン侯爵邸に着いたのは、夕方近かった。
邸、という言葉の意味を楓は改めて考えた。エルミナで「邸」といえばギルドの建物とか大きめの商家とかそういうものを想像していた。でも目の前にあるものは違った。門が大きかった。庭が広かった。建物が、城のように見えた。城ではなかった。邸だった。でも城のように見えた。
「……これが邸ですか」
「はい」とセレナが言った。
「セレナさんがエルミナで暮らしていたのって、かなりの決断では」
「快適でしたよ」とセレナは言った。少し間があってから付け加えた。「本当に」
楓は信じることにした。
しろが懐から顔を出した。邸を一瞥した。また懐に戻った。今度は何も言わなかった。
ぽぽが「ぽっ…………」と珍しく静かな声を出した。感嘆符がなかった。圧倒されているらしかった。ぽぽが圧倒される規模というのが存在するとは思っていなかった。
「行きましょう」とセレナが言った。「クロードがお茶を用意しています」
「クロードさんは先に来ていたんですか」
「別の馬車で。荷物の手配があるので」
「さすがです」
「さすがです」とセレナも言った。今度は温かい声だった。
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夕方、クロードの淹れたお茶を飲んだ。
相変わらずの味だった。どこで飲んでも、クロードのお茶はクロードのお茶だった。茶葉が変わっても、道具が変わっても、部屋が変わっても、同じ味がした。それが少し安心だった。
ルーチェが戻ってきたのは夕食の少し前だった。花の種を三種類買っていた。「いい店でした」と言った。顔が満足していた。
「迷いませんでしたか」
「一回だけ迷っちゃった」
「一回は迷ったんですね」
「でも地図があったから大丈夫だった。クロードさんの地図が上手!」
クロードが「恐縮です」と言った。表情は変わっていなかった。
しろが楓の膝の上に来て、丸まった。ぽぽが「ぽっ!」と言った。今日のぽぽにしては穏やかだった。疲れたのかもしれなかった。
窓の外に王都の夕暮れが見えた。空が広かった。エルミナより高い建物が多い分、空が狭く見えるはずなのに、なぜかそうは感じなかった。光の色のせいかもしれなかった。
「明日から仕事ですか」と楓は聞いた。
「明日は邸に慣れていただいて」とセレナが言った。「明後日から、少しずつ」
「わかりました」
「不安ですか」
楓は少し考えた。「不安、というより」
「というより」
「どうなるかわからないな、という感じです」
セレナがそれを聞いて、少し目を細めた。怒っているのでも笑っているのでもない、何か別の顔だった。
「そうですね」とセレナは言った。「でも、カエデさんはいつもそうやって来たのでしょう」
楓は答えなかった。でもそう、かもしれなかった。
ルーチェが到着してすぐ花屋に吸い込まれていくのは最初から決まっていました。クロードが地図を出すのも。楽しんでいただけたら、ブックマークや高評価をいただけると次を書く力になります。よろしくお願いします!




