みんな!いってきます!
リリアさんが泣いてたよ、でも振り返らない。そういう見送りの形が好きです。ガルドの「まあ、行ってこい」も、追伸みたいな見送りで。
出発の朝は、晴れだった。
港の方から風が吹いていた。海の匂いがした。楓は荷物を担いで一階に降りると、リリアさんが台所にいた。いつもより少し早い時間だった。
「おはようございます」
「おはよう」とリリアさんが言って、包みを差し出した。「お弁当。道中で食べてちょうだい!」
「いいんですか」
「いいから持っていきなさい」
包みを受け取ると、ずっしりしていた。いつもの、リリアさんの重さだった。楓は少しの間それを持ったまま動けなかった。
「……ありがとうございます」
「行ってらっしゃい」とリリアさんが言った。それだけだった。振り返らなかった。
ルーチェが荷物を持って二階から降りてきた。「お母さんが泣いてたよ」と耳打ちした。
「泣いてないよ」
「泣いてたよ。見てたもん」
楓は振り返った。リリアさんの背中が、いつもと少しだけ違う角度で台所に立っていた。
「行ってきます」ともう一度言った。
リリアさんが小さく手を上げた。それだけだった。
---
港に向かう道で、ガルドが待っていた。
場所は港への曲がり角だった。腕を組んで、欄干に背中をもたせかけていた。颯爽とした立ち姿だったが、楓たちが来るのを待っていたのは明らかだった。セレナとクロードがすでに少し先にいた。
「来ましたよ」と楓は言った。
「見れば分かる」
ガルドが欄干から離れて、少し楓の方に向いた。それだけで、見送りの間合いだとわかった。
「ガルドさん」
「なんだ」
「エリちゃんのうさぎのハナ、つきと仲良くしてほしいです。同じ部屋に置いてあげてください」
ガルドが少し考えた。「エリが決めることだろう」
「そうですね」
「まあ、行ってこい」
それだけだった。追伸みたいな見送りだった。でもガルドは楓たちが船に乗り込むまで、曲がり角でずっと立っていた。振り返るたびにいた。大きい人だった。
---
船は中型の客船で、セレナが手配したものだった。クロードが荷物を運ぶのを見ていたら、どのくらい手際がいいのかよくわかった。やることが全部決まっていた。
ルーチェが甲板に出て「海だ!」と言った。
「ずっと海でしたよ、エルミナも」
「港から見るのと違う感じがする」とルーチェが言って、柵に体を乗り出した。「水がいっぱい」
「落ちないでください」
「落ちないよ」
ぽぽが楓の肩で「ぽっ!!!」と鳴いた。今日のぽぽはいつもより感嘆符が多かった。初めての長い旅に、興奮しているらしかった。
しろが懐から出て、船の舳先の方へ歩いた。甲板の端まで行って、座った。いつもの、正座に近い座り方で。
楓は少し離れたところからそれを見ていた。
しろは、エルミナの方を向いていた。
---
船が動き始めると、エルミナが少しずつ遠ざかった。
港が小さくなった。石畳の街が小さくなった。花屋の二階が見えた気がした。気のせいかもしれなかった。ガルドが曲がり角にいたかどうかは、もう距離があって確認できなかった。
楓は柵の近くに立って、エルミナが遠ざかるのをずっと見ていた。ルーチェが隣に来て、同じように見た。二人とも何も言わなかった。
しろは舳先に座ったまま、同じ方向を向いていた。
ぽぽが「ぽっ……」と小さく鳴いた。今度は感嘆符がなかった。
エルミナが見えなくなるまで、楓は立っていた。見えなくなってから、もう少しだけ立っていた。それから向き直って、「行こう」と言った。
ルーチェが「うん」と言った。
しろが舳先から戻ってきて、楓の懐に入った。いつもの重さだった。でもいつもより少し、固く丸まっていた気がした。
---
船の中に入って、部屋に荷物を置いた。リリアさんの弁当を開けた。量が多かった。四人分はあった。ルーチェが「わあ」と言った。セレナが「いただいてもよろしいですか」と聞いた。クロードが初めて少し表情を崩した。「いい匂いです」と言った。
みんなで食べた。甲板の音がした。波の音がした。
楓はお茶を飲みながら、エルミナのことを考えた。リリアさんの背中のこと。ガルドの「まあ、行ってこい」のこと。つきがエリちゃんの腕の中に落ち着いたこと。
戻ってくる。そう思った。根拠はなかったが、確かにそう思った。
---
翌朝、ガルドからの手紙が港の宿場を経由して届いた。短い手紙だった。
仕事の依頼が一件来ている。戻ったら対応するように。以上。
追伸:つきが昨夜エリの部屋に入り込んでいた。エリが朝まで一緒に寝ていたらしい。ハナと三人で寝ていたと言っている。エリはなかなかしっかりした子だと思う。
楓は手紙を読んで、しばらく動けなかった。
「どうしたの」とルーチェが聞いた。
「つきが、エリちゃんと寝たって」
「えっ」ルーチェが手紙を覗き込んだ。「もう懐いてる」
「懐いてる」
ぽぽが「ぽっ!」と言った。しろが耳を一度動かした。楓はもう一度手紙を読んで、それを丁寧に折った。
大丈夫だ、とまた思った。こちらも、あちらも。
つきがエリちゃんのところに入り込んで、ハナと三人で朝まで寝ていた。この手紙を楓が読む場面が書きたかった回でした。楽しんでいただけたら、ブックマークや高評価をいただけると次を書く力になります。よろしくお願いします!




