誠心誠意
ぽぽってわかってるじゃん、という回です。普段あんなにうるさいのに、ちゃんと見てる。それがぽぽです。
ぽちは、あいかわらずただのぬいぐるみだった。
白いうさぎのぬいぐるみ。光らない目。動かない耳。ルーチェが最初のころに楓の隣で縫い、一目惚れして名前をつけた、あのぬいぐるみ。楓が縫ったわけでもなく、特別な素材を使ったわけでもない。ルーチェが見よう見まねで作った、世界に一体だけの、ぽち。
精霊は、宿らなかった。
それはずっとそうだった。ルーチェには精霊親和がない。楓のそばにいれば精霊たちを目にすることはできるが、自分で精霊ぬいぐるみを作ることはできない。ルーチェ自身もそれをわかっていて、それでもぽちを大事にしていた。毎日なんとなく話しかけて、花屋の店先に置いて、雨の日は奥にしまって。
楓はそのことを、ずっと知っていた。
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事が起きたのは、ある夕方のことだった。
お茶の時間が終わって、ルーチェが立ち上がって花屋に戻ろうとしたとき、ぽぽが急に楓の肩から飛び立った。
「ぽっ!」
いつもの声だったが、方向が違った。ルーチェの方に向かって飛んで、そのまままっすぐ、ルーチェの頭の上に降り立った。
ルーチェが固まった。
ぽぽはルーチェの頭の上で、「ぽっ!」とまた鳴いた。それからゆっくりと降りて、ルーチェの腕の中にあったぽちの、すぐ横に座った。ぽちと並んで、小さな胸を張って、前を向いた。
だれも何も言わなかった。
しろが楓の膝の上で、ほんの少しだけ目を開けた。それだけだった。
「……ぽぽ」と楓は小声で言った。「何、してるの」
ぽぽが「ぽっ!」と答えた。わかるか、というような声だった。
楓はしばらくその光景を見ていた。ぽぽとぽち、二体並んでいる。ぽちは動かない。光らない。でもぽぽが横にいる。
「……認めた、ってこと?」
ぽぽが「ぽっ!!」と少し大きな声で言った。明らかに肯定だった。
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ルーチェが、何も言わなかった。
長い沈黙だった。ルーチェはぽぽとぽちを見ていて、それから少し顔を背けた。背けたまま、「そっか」とだけ言った。声が、いつもより少し低かった。
楓はルーチェの横顔を見た。ルーチェは花屋の方を向いていた。夕方の光が横顔に当たっていた。
「泣いてる?」
「泣いてない」
「泣いてるじゃん」
「泣いてないって言ってる」
ルーチェが袖で顔を拭った。それから「ぽぽってわかってるじゃん」とぼそっと言った。「わかってるくせに普段うるさいのずるい」
「ぽっ!」とぽぽが言った。反論らしかった。
「ずるくないって言ってる」と楓は通訳した。
「うるさい」とルーチェが言ったが、声が少し笑っていた。
ぽぽがもう一度「ぽっ!」と言いながら、ぽちの頭に前足を置いた。自分のもの、みたいな仕草だった。そのままルーチェの膝の上で、ちょこんと座り直した。
しろが楓の膝の上から、その様子を静かに見ていた。目が少し細くなっていた。楓には、それが何を意味するのかまだよくわからなかったけれど、悪い意味じゃないと思った。
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夜、一人で針を動かしながら、楓はさっきのことを考えた。
精霊親和がなくても。楓のそばにいないときでも。ルーチェはずっとぽちに話しかけていた。大事にしていた。笑いかけていた。楓がぬいぐるみに心を込めるのと、本質は同じなんじゃないかと、楓は思った。込める先が違うだけで。
ぽぽが認めた。
精霊が、ルーチェを認めた。
楓には、それが何か大きなことのように思えた。うまく言葉にはできなかったけれど。
「ねえ、しろ」
しろが膝の上で耳を動かした。
「ぽぽって、ああいうことするんだね」
しろが少しの間を置いてから、「……当然だ」と言った。
「え、なに、しろもわかってた?」
しろは答えなかった。でも耳が前を向いたまま、動かなかった。肯定も否定もしない、という感じだった。楓はそれを「まあそういうこと」と受け取ることにした。
「ルーチェって、なんか、ずるいよね」
しろが「……どういう意味だ」という感じで耳を後ろに向けた。
「いや、素直に大事にするじゃん。ぽちのこと。私だってそうしてるつもりだけど、ルーチェほどまっすぐじゃない気がして」
しろが少し首を傾けた。
「……それは違う」
また喋った。楓がじっとしろを見ると、しろはもう目を閉じていた。それ以上は言わなかった。
楓は少しそのまま座って、それから針を動かし始めた。窓の外から港の音がした。夜風が石畳を吹き抜ける音。エルミナの夜の音。
ルーチェと一緒なら、どこに行っても、たぶん大丈夫だと思った。
根拠はなかった。でもそう思った。
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翌朝、ルーチェが花屋から顔を出して「昨日のこと、誰にも言わないでよ」と言った。
「誰にも言わないけど、なんで」
「恥ずかしいから」
「何が」
「泣いたのが」
「泣いてないって言ってたじゃん」
ルーチェが「うるさい」と言いながら引っ込んだ。ぽぽが楓の肩で「ぽっ!」と言った。楓は「うん、わかった」と言って、お茶を飲んだ。甘かった。
「泣いてない」「泣いてるじゃん」のやりとり、書いてて好きなシーンでした。ルーチェとぽぽの関係、これからもっと育てていきたい。次話で第1章が完結します。もし楽しんでいただけていたら、ブックマークや高評価をいただけると書く励みになります。よろしくお願いします!




