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てのひら無双 ~精霊に愛された人形師ときゃわわぬいぐるみ~  作者: 鮪野登呂介
港町エルミナ編

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みぃつけた!

緊張感を積み上げる回です。戦闘はまだ。ガルドの追伸「孫がくまを見に行きたいと言っている」を入れたくて入れました。それだけ。

ガルドから詳しい話が来たのは、翌朝だった。


使いの若い冒険者が封書を持ってきて、「ギルド長から直接渡してくれと言われた」と言った。楓が受け取って開けると、短い文章が書いてあった。


北の外れの古い倉庫群に、見慣れない荷物が持ち込まれた形跡がある。調べたところ、魔術陣の一部とみられる刻印が床に残っていた。倉庫の持ち主に確認したが、荷物を置いたのは自分たちではないと言っている。精霊の気配がするとしろが言ったのは昨日のことだが、もしかするとその前から何かあったかもしれない。今日は街の中にいてほしい。


追伸。うちの孫が「くまを見に行きたい」と言っている。


楓は封書を二度読んだ。最後の一文のトーン差がひどすぎると思ったが、ガルドはいつもこういう人だった。


しろを見た。しろは窓の外を向いていた。今日もあの方角を見ている。


「ガルドさんが、今日は街の中にいるように、って」


しろの耳がぴこ、と動いた。でも振り向かなかった。


---


午前中、ルーチェがお茶を持ってきた。


封書の話をすると、ルーチェは「魔術陣って何」と聞いた。楓も正確にはわからなかったが、「たぶん、何か悪いことに使う印だと思う」と答えた。ルーチェが「倉庫に?」と言った。「北の外れの」と楓が言った。


しろがまだ窓の外を見ていた。


ぽぽが「ぽっ!」と言いながらしろの頭に乗ろうとして、しろに前足でブロックされた。ぽぽが「ぽ……」と小さく鳴いた。くまはテーブルの端で、北の方角を向いていた。昨日から、くまも同じ方向を向いていた。


「しろ、ぽぽ、くまも……感じてるんだろうな」


ルーチェが三体を見て、「なんか、三体揃って同じ方向向いてると怖いな」と言った。楓もそう思った。三体の精霊が同時に何かを感じている、というのは、これまでなかった。


「行ってみたいの?」とルーチェが聞いた。


「ガルドさんに止められてる」


「でも気になるんでしょ」


「……うん」


「行かないの?」


「止められてるから」


ルーチェが「えらいね」と言った。褒めてるのかからかってるのか判断できなかった。楓は「ガルドさんが調べてるんだから、邪魔しない方がいい」と言った。それは本当にそう思っていた。ただ同時に、しろがずっと窓の外を見ていることが、どこかずっとひっかかっていた。


---


午後に、ガルドが直接来た。


珍しかった。ガルドがこちらに来ることは滅多になくて、大体楓がギルドに出向く形だった。リリアが「ガルド、どうしたの」と言うと、「少し話がある」とだけ言った。


花屋の奥の席に座って、ガルドは地図を広げた。エルミナの街の地図で、北の外れの区画に印がついていた。


「三つの倉庫に、刻印が見つかった」


「三つ」


「うち一つは、床に直接彫り込んであった。一晩二晩の仕事じゃない。かなり前から準備していたことになる」


楓は地図を見た。三つの印が、街の北側に三角形を描くように配置されていた。


「これ……形がある」


「そうだ」ガルドが腕を組んだ。「魔術陣というのは、大抵、中心に何かを置く。この三角の中心が、どこになるか」


地図の上で指が動いた。三角の重心を辿ると、そこは……港に近い、空き地だった。荷物の積み下ろしに使われる、広い空き地。船が着くたびに使われる場所。


「港の荷下ろし場、ですか」


「そのあたりだ」


「何かするつもり、なんですよね。この魔術陣で」


「わからん」ガルドは正直に言った。「ただ、魔術陣というのは普通、何かを呼ぶか、何かを縛るか、どちらかに使う」


呼ぶ。縛る。


しろが窓の外を見ていた。くまが北の方角を向いていた。ぽぽが二体の間でそわそわしていた。


「精霊を、縛ろうとしてるんでしょうか」


ガルドが楓を見た。少し驚いた顔だった。


「なぜそう思う」


「しろが昨日から気にしてる。くまもぽぽも同じ方向を向いてるんです。3体の精霊が同時に反応するのは初めてで……その、精霊には何か、わかるのかもしれないと思って」


ガルドが地図に視線を落として、少し黙った。それからしろを見た。しろは相変わらず窓の外を向いていた。


「……使役だとすると、話が変わる」


「使役?」


「精霊を無理やり力の源として使う術式がある。古い技術で、今は禁じられている。だが、禁じられているからこそ、やろうとする者がいる」


禁じられた術式。精霊の強制使役。


楓はしろを見た。しろが少しだけ、こちらを向いた。その目が、いつもより少し暗い色をしていた。


「しろ、怖い?」


しろは答えなかった。でも耳が後ろに向いた。


---


ガルドが帰った後、楓はしばらく針を動かせなかった。


布と糸と針が目の前にある。いつもなら手が勝手に動くのに、今日はどうにもならなかった。頭の中で、地図の三角形と、禁じられた魔術陣と、しろの暗い目の色が、ぐるぐると回っていた。


ルーチェが隣に座って、何も言わずにお茶を一杯置いた。


「……ありがとう」


「飲んで」


飲んだ。甘かった。ミラベルの葉だ、とわかった。


「ガルドさんが、動いてくれてるんだよね」とルーチェが言った。


「うん」


「だったら、今夜は任せていい気がする」


「……そうだね」


「カエデは、したいことしてれば」


「したいこと」


「縫い物とか」


楓は手元の布を見た。それから針を取った。動かした。布を貫いて、糸が走った。ちゃんと動いた。


しろが膝の上に来て、丸まった。少し重かった。いつもより少し体に力が入っているのかもしれない。楓はしろに片手を置いて、そのまま縫い続けた。


ぽぽが楓の肩で「ぽっ……」と小さく鳴いた。元気がなかった。楓は「大丈夫だよ、ぽぽ」と言った。ぽぽが「ぽっ!」と言い直した。今度は少し威勢がよかった。


くまはテーブルの端で、今日もずっと北を向いていた。


---


夜、ガルドから二度目の使いが来た。


中身は短かった。


今夜、動く。帝国の商人を名乗る三人組が、船に荷を積み込もうとしていた。荷の中に、精霊を縛るための道具が含まれていることが確認できた。明朝、街の門で拘束する。精霊たちに伝えてほしい。あと一晩、待ってほしいと。


楓は封書を読んで、しろを見た。


「ガルドさんが、あと一晩待ってほしいって」


しろが楓を見た。


「明日の朝には、動くって」


しろの耳が少しだけ前を向いた。


「……わかった、ってこと?」


しろは何も言わなかった。でも、ゆっくりと一度だけ目を細めた。それが了解の意味なのかどうか、楓にはまだわからない。でもなんとなく、そういう気がした。


ぽぽが「ぽっぽっ!」と言いながら楓の肩で立ち上がった。くまが少し体を動かして、北から楓の方に向き直った。


三体が、それぞれの方法で待っていた。


楓も、待った。針を動かしながら、お茶を飲みながら、夜が更けるのを待った。前の世界なら絶対に眠れなかった夜だ。この世界ではどうかと言うと、やっぱり少し眠れなかった。


でも一人じゃなかった。

くまが北を向き続けるシーン、書いてて好きになりました。しゃべらないのに存在感がある。次回はしろとぽぽが本気出します。ぽぽが暴れます。お楽しみに!

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