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てのひら無双 ~精霊に愛された人形師ときゃわわぬいぐるみ~  作者: 鮪野登呂介
港町エルミナ編

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お嬢様、襲来!

セレナとクロードが自然に馴染んでいく回です。貴族のお嬢様なのになぜか花屋の軒先でお茶を飲んでいる、その光景を書きたかった。クロードのことが好きになりそうで怖い

セレナが最初に「また来てもいいですか」と聞いてきたのは、翌日の午前中だった。


私は断れるような身分じゃないだろ…と思いつつも「どうぞ」と答えたら、それ以来毎日来るようになった。


正確には「毎日」ではない。船の都合や体調の悪い日もある。でも体調さえ許せば、午後の決まった時間に花屋の軒先にふらりと現れる。最初は侍女が二人ついてきていたが、三日目には一人になり、一週間後には執事のクロードさん一人だけを連れて来るようになった。


「侍女はどうしたんですか」と楓が聞くと、「ここには慣れましたので」とセレナは答えた。判断が速い人だ、とまた思った。


今日のセレナは、来るなり荷物を抱えていた。


小ぶりの木箱が一つと、布で包んだ何かと、銀色の小さな道具入れ。荷物の多さに楓とルーチェが顔を見合わせると、セレナが「今日はお茶を持ってきました」と言った。


「お茶、ですか」


「エルミナのお茶も悪くはないのですが、せっかくなら」


「持参するんですね」


「当然では?」


全然当然じゃない、と思ったが、セレナには通じない可能性が高かったので黙っておいた。


---


セレナが木箱を開けると、小さな缶が三つ並んでいた。どれも紙が貼ってあって、細かい文字で何かが書いてある。茶葉だ、と楓は気づいた。


「ヴェルダン商会から取り寄せているものです。船便で来るので時間がかかりますが」


「セレナさん、自分でお茶、入れるんですか」


「まさか」


セレナが布で包んでいたものを開けると、小型の湯沸かし道具一式が出てきた。銀色の小鍋、茶葉を入れる金属の漉し器、細口の注ぎ口がついた小さなポット。見ただけで上等なものだとわかる。


「クロードに頼みます」


返事の代わりに、花屋の入口から咳払いが一つ聞こえた。


振り返ると、六十代くらいの男が立っていた。白髪で、背が高くて、姿勢がまっすぐで、着ている服に見覚えのある紋章が入っている。侍従、だろうか。いや、それより上の何かだと思う。目が、なんとも言えず落ち着いていた。


「失礼します」と男は言った。低くて、穏やかな声だった。「セレナお嬢様にお仕えしております、クロードと申します」


「あ、はい。楓です」


「ルーチェです」


「存じております」


存じてるのか、と思ったが、それも黙っておいた。


クロードが道具を受け取って、静かに湯を沸かし始めた。所作の一つ一つが無駄なくて、見ていると気持ちいいくらいだった。茶葉を選ぶ手が、三つの缶の前で一瞬止まる。それからセレナを見た。


「今日は何にしますか」


「ラルジェだと思います」


「かしこまりました」


---


お茶が届いたのは、それから十分ほど後だった。


カップが三つ、テーブルの上に並ぶ。湯気が立っていて、甘い香りがした。


楓はとりあえず一口飲んだ。


「…………」


黙った。


「どうかしました」とセレナが言った。


「おいしい」


「そうですか」


「……なんか、この感じ、知ってる」


楓は少しの間、言葉を探した。


前の世界でのことを思い出していた。確か、残業続きで根を詰めていたある夜に、後輩が差し入れてくれたことがあった。小さな缶に入った、洒落たパッケージの茶葉で、淹れてみたらびっくりするくらいよかった。後輩に「これどこの?」と聞いたら「〇リアージュフレールっていうとこのやつです、百貨店で」と言っていた。以来、コンビニのペットボトルじゃない日のお茶の基準がそこになってしまって、結局なかなかその水準のものに出会えないまま前の世界を去った。


「遠い土地に、似たものがあって」と楓は言った。「そこのお茶が、こういう感じだった」


「ふうん」とルーチェが興味なさそうに言いながら、自分のカップを飲んだ。それから「……おいしい」と正直に続けた。「ミラベルの葉とぜんぜん違う」


「当然ですわ」とセレナが言った。特に得意そうでもなかった。当たり前のことを言っただけ、という顔だった。「花と果実と茶葉を段階的にブレンドしているので」


「そんな手間を」


「クロードが」


「クロードさんがすごいんですね」


「クロードが」


クロードは少し離れたところで道具を片付けながら、その会話を聞いていたが、何も言わなかった。聞こえていないふりが完璧だった。


---


しばらく三人でお茶を飲んだ。


ルーチェは自分のカップを両手で包んで、「もう一杯いい?」とセレナに聞いた。セレナが「どうぞ」と答えた。ルーチェが「クロードさーん」と声をかけると、クロードが「かしこまりました」と答えた。この光景がすでに五回目だということに、楓は気づいた。すでに馴染んでいる。


ぽぽがセレナの前に歩いてきて、「ぽっ!」と言った。


セレナが「なんですか」と聞いた。ぽぽが「ぽっぽっ!」と言った。セレナが「わかりません」と言った。ぽぽが「ぽ……」と少しトーンを落とした。楓は「多分かまってほしいんだと思います」と通訳した。セレナが「そうですか」と言って、ぽぽの頭を人差し指で一度だけつついた。ぽぽが「ぽっ!!」と喜んで走り回った。しろが遠くからそれを見て、目を細めた。くまはテーブルの端でどっしりと座っていた。


「セレナさんって、つきのこと好きですよね」とルーチェが言った。


「つきは落ち着きますね」


「しろとぽぽは?」


「しろは信頼できます。ぽぽは……賑やかですね」


「賑やかは褒め言葉ですか」


「事実です」


ルーチェが「なんかセレナさんって、カエデさんに似てる気がする」と言った。


楓は「どこが?」と聞いた。


「物事をずばっと言うとこ」


「私そんなことないけど」


「あります」


「そうですか?」とセレナが興味深そうに楓を見た。


「私はあなたのことを率直な人だと思っていました。距離の話をちゃんと言ってくれた」


「あれは……言っておいた方がいいと思ったので」


「だから率直なのでしょう」


「……まあ」


つきが少し体を動かして、セレナの方に向き直った。セレナがそれを見て、ほんの少しだけ表情を緩めた。気づかなければわからないくらいの、小さな変化だった。


---


日が傾いてきたころ、セレナが「そろそろ」と立ち上がった。クロードが道具を片付けて、木箱に戻す。


「また来てもいいですか」とセレナが言った。来る前に許可を取るようになったのは三日前からで、それ以前は黙って来ていた。成長だと楓は思っている。


「どうぞ」と楓は答えた。


「お茶、今日のやつがよかった」とルーチェが言った。「次も同じやつで」


「わかりました」


「ついでにクロードさんも」


「クロードは私の従者なので、ついでではありません」


「じゃあ主役で」


クロードが「恐れ入ります」と言った。表情は動かなかったが、目が少し細くなった気がした。


セレナが花屋の前の道に出て、少し歩いてから振り返った。


「楓さん」


「はい」


「くまちゃん…つきを、ありがとうございます」


それだけ言って、また歩き始めた。背筋がまっすぐで、颯爽としていて、でも昨日より少しだけ顔色がよかった。


つきがテーブルの上からその背中を見ていた。


ぽぽが「ぽっ!」と言った。


しろが耳を一度だけ動かした。


楓はまだ少し残っていたお茶を飲んだ。冷めていたが、それでもおいしかった。


「……また飲みたいな」


「言えばいいじゃん」とルーチェが言った。「セレナさん、頼んだら持ってきてくれそう」


「毎回頼むのは悪い気がして」


「悪くないと思う。あの人、頼まれるの嫌いじゃなさそう」


楓は少し考えた。確かに、そういう人かもしれない。


港の方から夕方の風が来て、花屋の花がさわさわと揺れた。

「くまを、ありがとうございます」というセレナの一言、ここに至るまでに少し時間をかけました。言葉が少ない人が言う「ありがとう」は重い。次回はついにしろが喋ります。お楽しみに!

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