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てのひら無双 ~精霊に愛された人形師ときゃわわぬいぐるみ~  作者: 鮪野登呂介
港町エルミナ編

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12/31

宿ってくれればうれしいけれど

仕事として成立するかどうか、という問いを丁寧に書きたかった回です。宿るかどうかわからないまま引き受ける、それでも職人として誠実にやる、というカエデのスタンスが固まっていく話です。くまの「どっしり感」、伝わってほしい。

護衛ぬいぐるみの依頼を受けてから、三日が経った。


依頼人の商人——ドワンという男——は、港から内陸に向かう街道を月に二度ほど往復する行商人だった。荷物は香辛料と布が主で、一人旅が多い。護衛を雇う余裕はないが、何度か道中で野盗に遭いかけたことがある。そこでギルドに相談したところ、ガルドが「精霊が宿ったぬいぐるみを試してみないか」と提案した、という話だった。


ギルドから話を聞いたとき、楓は正直に言った。


「宿るかどうかは、私にも保証できません」


ドワンは「それでも構わない」と言った。「宿らなかった場合は普通のぬいぐるみとして受け取ってほかのとこで売らせてもらうよ。素材代だけ払うし宿ったなら護衛代として追加で払う。それでどうだ」と。


合理的な人だな、と思った。楓は即答で「それで構いません」と答えた。


問題は、何を作るかだった。


護衛、という用途を考えると、しろのような狼が向いている気もする。でもしろと同じものを作ることに少し抵抗があった。しろは最初の一体だ。同じ形を量産するのは、なんか違う気がした。理由はうまく言えないが、そう感じた。


「何作るか迷ってる?」と、お茶を持ってきたルーチェが言った。


「迷ってる」


「どんな人への依頼なの」


「行商の男の人。一人で街道を歩く」


「じゃあ、大きめの方がいいんじゃない。荷物に紛れても目立つくらいの」


その発想はなかった、と楓は思った。


護衛ぬいぐるみを「持ち歩くもの」として考えていたが、荷物の上に乗せておく、という使い方もある。それなら少し大きめの方がいい。存在感がある方がいい。


「……熊にしよう」


「熊」


「大きくて、どっしりしてて、でも威圧感がありすぎない感じの」


「熊がどっしりしてて威圧感ないって、なかなか難しそうだけど」


「作ってみないとわからない」


ルーチェが「そういうとこだよね」と言って、自分のお茶を飲んだ。ぽぽが「ぽっ!」と鳴いてルーチェの肩に乗り移ろうとした。ルーチェが「こら」と言いながらも受け入れていた。最近、ぽぽとルーチェの距離が縮まっている気がする。しろはテーブルの端でそれを静かに見ていた。


---


熊のぬいぐるみを縫い始めて気づいたのは、大きいものを作るのは小さいものとは別の難しさがある、ということだった。


体のバランスが崩れやすい。綿を詰めすぎると丸くなりすぎて「熊」より「球」になる。詰めが甘いと体がへたれて、どこか情けない印象になる。足の角度を少し変えるだけで、座ったときの安定感が全然違う。顔のパーツの配置が、小さいぬいぐるみのときより繊細に効いてくる。


二体試作した。一体目は丸すぎた。二体目は脚が長すぎて、熊より犬に見えた。


三体目で、ようやくしっくりきた。


どっしりした体型で、でも丸みがあって、耳が小さめで、目はガルドの孫のうさぎに使ったのと同じ茶色い石を磨いたもの。少し下を向いた配置にしたら、なんとなく「見守っている」感じになった。意図したわけじゃなかったが、護衛という用途を考えると、むしろこれが正解かもしれない。


素材は今回は普通の羊毛の布を使った。魔獣の毛皮はまだ残っているが、初めての護衛依頼に全力の素材を使うより、まず「普通のもので宿るかどうか」を確かめたかった。


しろが手元を覗き込んできた。


「どう思う」


しろは熊をじっと見た。それからルーチェの肩のぽぽを見た。ぽぽが「ぽっ!」と言った。しろは何も言わなかった。


「……まあ、いっか」


楓はそう言って、熊を手のひらに乗せた。


光らなかった。


動かなかった。


ただの、どっしりした、かわいい熊のぬいぐるみだった。


楓は少しの間それを眺めて、それからテーブルに置いた。


宿ってくれると、うれしい。でも宿らなくても、これはちゃんとした仕事だ。ガルドが言っていた。用途に合ったものを作る、それが職人の仕事だ、と。


もう少し待ってみよう、と思って、お茶を飲んだ。


---


翌朝、目が覚めたら、熊が動いていた。


テーブルの端まで歩いていって、端ぎりぎりのところで止まって、じっと外を見ていた。夜明け前の薄明かりの中で、熊の目が淡くオレンジ色に光っていた。


「……宿ったのか」


楓はしばらく布団の中からそれを見ていた。熊は外を見たまま動かなかった。しろが枕元から顔を上げて熊を一瞥し、また目を閉じた。問題ない、という判断らしい。


ぽぽが「ぽっ!」と鳴いて熊に向かって突撃した。熊がゆっくり振り向いて、ぽぽを一秒見て、また外に向き直った。完全に無視された。ぽぽが「ぽっ……」と小さく鳴いた。楓は「おはよう、ぽぽ」と言った。


この熊に宿った精霊が何系なのかは、まだわからない。しろは風で、ぽぽは炎だ。この熊は、なんだろう。どっしりしていて、外をじっと見ている。大地系か、あるいは何か別の何かか。楓にはまだ精霊の種類を見分ける目がない。


「……名前、どうしよう」


これはドワンへの納品物だ。名前をつけるのは自分の仕事じゃない気もする。でも、しろにもぽぽにも名前をつけた。この熊にも、何か呼び名があった方がいい気がした。


「……つき」


そのまますぎる、と思ったが、しっくりきた。


楓はくまを手のひらに乗せた。くまは楓を見て、少し首を傾けた。ゆっくりとした動きだった。しろのような静けさとも、ぽぽのような騒がしさとも違う。落ち着いた、どっしりした動き方だった。


「よろしくね、つき」


くまの目が、ほんのりと光った。


---


午後、ドワンに納品した。


ギルドの一室を借りて、ガルドも同席した。楓がくまをテーブルに置くと、くまはゆっくりと周囲を見回した。ドワンが声を上げた。


「動いてる……」


「宿りました。ただ、精霊の種類が何系かはまだわかっていなくて。使い方は、荷物の上に乗せておくのが一番だと思います。あまり遠くに持ち歩くと動かなくなるので、必ず一緒に」


「一緒に、というのは」


「私から離れると動かなくなる、ということがこの前わかりまして。なのでつきも同じかもしれなくて——」


「お前から離れると、ということか」


ガルドが確認するように言った。楓は少し迷ってから答えた。「おそらく。しろは私から離れると動きが止まります。つきも同じだと思うので、私が行ける範囲の街道なら問題ないはずですが、遠出の場合は……」


「それは試してみればわかるさね」とドワンが言った。「次の行商で確かめようか。もし動かなかったなら、また話し合おう」


合理的な人だ、とまた思った。


くまがドワンの方を向いた。ドワンが固まった。くまはゆっくりとドワンに近づいて、ドワンの前で止まった。


「……触っていいかね?」


「どうぞ」


ドワンが恐る恐る手を伸ばした。つきの頭に触れた瞬間、ドワンの顔が少し緩んだ。


「……温かい」


「そうなんです」


「護衛というより、なんか……」


「なんか、なんですよね」と楓も言った。「でも、しろも大事なときはちゃんと動いてくれるので、くまも同じだと思います」


ガルドがそれを黙って聞いていた。くまがガルドの方を一瞬見た。ガルドが少し目を細めた。何かを確かめるような目だった。


「精霊の気配がある」とガルドが言った。「穏やかだが、しっかりしている。悪いものじゃないだろう」


それでドワンの表情が決まった。「買うよ。追加代も払う」


最初の護衛ぬいぐるみ、納品完了だった。


---


帰り道、ルーチェが待っていた。


「どうだった」


「宿ってた。ドワンさんが買ってくれた」


「おめでとう! 初の仕事納品じゃん!」


「そうだね」


ルーチェが「なんか感想薄くない?」と言った。楓は少し考えてから「うれしいけど、なんかまだふわっとしてる」と答えた。


「ふわっと?」


「宿るかどうかわからなかったから。宿ってよかったけど、宿らなくても仕事として成立してた。そのどっちもあってよかった、って感じ」


ルーチェが「ふうん」と言った。それから「でも宿った方がよかったでしょ」と言った。


「うん。うれしかった」


「じゃあよかった」


ルーチェが先を歩いた。楓がその後ろをついていった。懐の中でしろがぴこ、と耳を動かした。ぽぽが「ぽっ!」と言った。うるさいなぁ、と思ったが、悪くなかった。


港の方から夕方の潮の匂いが来た。石畳に影が伸びていた。


こうやって、一つずつ積み上がっていくんだろうな、と楓は思った。大きな出来事じゃなくて、こういう小さな一個ずつが。それでいい気がした。前の世界では、そういう積み上がり方を知らないまま過ごしてきた気がする。


「ルーチェ」


「なに」


「今日もお茶飲む?」


「飲む。もちろん」


二人で花屋に向かった。しろとぽぽを連れて、夕方のエルミナを歩いた。

「宿ってくれると、うれしいけれど」というタイトルのまま着地した回でした。ぽぽがくまに完全無視されるシーン、書いてて笑いました。次回はセレナ登場。距離制限の設定が初めて表に出る話です。お楽しみに!

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