プロローグ——私が来なかった日
この世界へは、ただの“失敗”として落ちてきた。 それまで知らなかった、柔らかな光に出会った…… けれどその光は、彼の腕の中で静かに消えてしまった。 それからというもの、一歩踏み出すごとに胸が裂ける。 夜になるたび、同じ言葉が頭を巡る。 「なぜ、もっと強くならなかった?」 返事は…
激しい雨が降っていました。 アスファルトを叩きつける雨粒は、まるでこの街ごとすべてを消し去ろうとしているかのよう。傘を差していても魂までずぶ濡れになるような、そんな冷たい雨です。
僕はヘッドフォンをして、周囲の車の音も、自分自身の思考さえもかき消すように大音量で音楽を流しながら、高校へと歩いていました。今日は入学式。本来なら何かを感じるはずの日です。緊張、高揚、あるいは恐怖……何かしらの感情が。
けれど、何も感じません。 ただ、胸にぽっかりと穴が空いているだけ。
ダブルワークで疲れ切っている母さんのことを考えました。もうメッセージすら寄越さない父さんのことも。東京へ行ったきり一度も振り返らなかった兄貴のことも。 そして、自分自身のことも。
誰の目にも映らない男。モブキャラ。 夜な夜なゲームのレベル上げに没頭するだけの人間。ゲームの中でなら、努力すればいつか必ず何かが手に入るから。
『周回すれば、いつか報われる』 そう自分に言い聞かせていました。
嘘だ。 現実に経験値なんて存在しない。レベルアップもしない。クソみたいな自分は、いつまで経ってもクソなままだ。
灰色の空を見上げました。
『何かが変わればいいのに』 確信もなく、そう思いました。
『いっそ、消えてしまえばいい』
その時です。 ――静寂。
目を焼くような白光。 足元の感覚が消失しました。
現実から無理やり引き剥がされるような感覚。まるで誰かが空気ごと空間を抉り取り、僕をその中から引きずり出したかのような衝撃。全身を激痛が走ります。叫ぼうとしましたが、声になりません。
そして……無。
目が覚めると、そこは森でした。
暴走トラックに跳ねられたわけでもない。白い髭の神様がルール説明をしてくれたわけでもない。厳かな声で「ようこそ、勇者よ」なんて言われたわけでもない。
あるのは木々と、寒さと、重くのしかかるような静寂だけ。 そして、僕のものではない無機質な声が、脳内に直接響きました。
《コーデックス起動。レベル1》
僕は木々の隙間から見える空を見上げ、乾いた笑いを漏らしました。
『完璧だ。本当に消えちまった。誰も俺のために泣いたりはしないだろうけどな』
けれど心の奥底、本当に深い場所で、愚かな自分がこう囁いていました。
『もしこれが現実なら……ここなら“何者か”になれるかもしれない。少なくとも……“誰でもない自分”はやめられるかもしれない』
その時の僕は知りませんでした。 僕がこの森に現れたその瞬間、同じ“裂け目”から、別の何かも一緒に吐き出されていたことを。
この世界に属さない異物。 内側から世界を腐らせ始めている何か。
そして間もなく、僕は選択を迫られることになるのです。 生きるために足掻くか……それとも、全てと一緒に腐り果てるか。
愛してる… お前のためなら、この世界を滅ぼしてでもいい。




