第八話 悲しい過去
長老は、アクアが持ち帰ってってきた起源の石を凝視していた。
「アクアよ。そなたが持って帰ってきたこの石は、単なる古代の遺物ではないんじゃ。これは、遥か昔、イオが他の惑星とは比べ物にならないほど豊かだった時代の証であってのぅ……同時に、この星が背負う悲しい過去そのものなのじゃ」
長老は、アクアとキラリを連れて、家の奥にある、水が淀んだ小さな池の前に立った。
「遠い昔、イオは、そなたの故郷エアの記録にある通り、宇宙誕生当時の成分を豊富に含む鉱石に満ちていた。我々の祖先は、その鉱石の力で宇宙交易の要となり、繁栄を極めたんじゃ」
しかし、長老は悲しそうに言葉を切った。その身体の表面の色は、深く、暗い青へと変化していた。
「だが、その豊かさが他の種族の欲を招いた。イオの資源を独占しようとする者たちとの間で、激しい争いが起こったのじゃ。我々は、自らの星を守るために、持てるすべての力を使ったが……その結果、イオの輝かしい大地は、現在のような荒涼とした姿に変わり果ててしまったのじゃよ。そして、この起源の石のような貴重な鉱物は、ほとんどが略奪されるか、地底深くに埋もれてしまったんじゃ」
長老は池を指さした。淀んだ水は、鏡のように長老の暗い色を映している。
「この池は、その戦いで命を落とした祖先の悲しい涙を象徴しておる。この悲劇の後、我々は、宇宙共通語であるテレパシーを封印し、自らの会話方法(色の点滅)と、孤立を選ぶことで、細々とこの村を守り続けてきたのじゃ」
アクアは、この小さな村に隠された悲しい歴史と、長老の背負う重みを知った。同時に、長老やキラリが……振動波を使うことが、外部との交流を断ち切った過去を乗り越え、アクアを受け入れている証拠なのだろう。
「……長老さま。ありがとうございます。貴重なお話を聞かせていただき、心から感謝します」
アクアは深々と頭を下げた。彼女の冒険は、単なる観光ではなく、宇宙の歴史と深く関わり始めていることを……アクアはまだ気づいていない……。
アクアは顔を上げ、長老が手に持つ起源の石に視線を戻した。
「長老さま。この起源の石、そして一緒に見つけた恐らく硫黄結晶の変異種ですが……その成分を詳しく解析すれば、イオの再生に役立つ新たな手がかりが得られるかもしれません。ですが、ここには高性能な分析装置がないのでしょうね」
長老は、驚いたようにアクアを見た。
「さすが、旅人じゃ。その通り、我が村には、古代の鉱物を正確に分析するほどの設備は残されておらぬ。それに、この鉱物から抽出できるエネルギーは、もはや我々液体生物には扱えぬほど強大で、手を出すこと自体が禁忌とされておる……」
そこで、アクアは一つの提案をした。
「長老さま。この石に含まれる微粒子には、私の故郷である惑星エアで、化粧品の原料として使われている成分と共通する部分があります。そしてエアには、高純度の微粒子を分離・抽出できる施設があります。もし、この鉱物を安全な微粒子レベルにまで加工できれば、エネルギー源としてではなく、液体生物の身体の流動性を安定させるための安定剤として利用できるのではないでしょうか」
長老の身体の色が、期待を示す淡い金色に点滅した。
「安定剤だと?もしそれが可能なら……それは、重力変化や低温から我々を守る、大きな助けになりそうじゃ!」
アクアは自信をもって続けた。
「もし、イオでその技術的微粒子が必要であれば、私が宇宙船の修理後にエアから運ぶ手配を提案できます。私自身が運ぶか、信頼できる航路で極秘に輸送する手配をしましょう。この石が、イオの孤立を終わらせるきっかけになるかもしれません。いかがでしょうか?」
長老は静かに池の水をかき混ぜている。
長老は、静かにアクアの前に戻った。その身体の色は、決意を示す澄んだ緑色に変わっていた。
「そなたの知識は、わしの想像を遥かに超えておるの。わしは、そなたの旅に協力すると約束しよう。アクアよ、そなたが今最も知りたいことは何かな?」
アクアは、迷うことなく尋ねた。
「ありがとうございます、長老さま。私は、ファズさん……キラリのお父様が、修理の後に次に向かおうとしている惑星について知りたいのです。磁気嵐が収束した後、私の宇宙船もその惑星の航路の近くを通る可能性が高いと思います。彼と再会し、安全な航路と、キラリさんのご家族へ直接無事を伝えるという約束を果たしたいのです。もし情報があれば、彼と再会する手がかりになるかもしれません」
長老は目を細め、静かに答えた。
「そうか、ファズの行先じゃな。彼は宇宙交易の際に、ある惑星を目的地にしていた。しかし、その惑星は『禁断の地』と呼ばれ、その存在を公にすることは禁じられておる。ファズも、その場所をテレパシーでのみ、わしに伝えてきたのじゃ」
アクアの胸が高鳴った。『禁断の地』……長老は、そのタブーを破り、アクアに情報を渡してくれるというのか。
「その惑星の名は……赤色矮星の影にある、惑星テラだ」
アクアは驚き、息を呑んだ。惑星テラ。その名前は、故郷エアの図書館で、『アース』という名で呼ばれており、最も古く、最も謎に満ちた記録のページにしか載っていない伝説の惑星だったからだ。
伝説の惑星の名を聞いたアクアは、長老の知識に対する信頼が確信に変わった。彼女は続けて尋ねた。
「長老さまは、もしかして私の故郷である惑星エアについて、何かご存知でしょうか?」
長老の体表の色は、すぐに落ち着いた緑色に変化した。
「ああ、惑星エア。遥か銀河の僻地にある、美しい星じゃの。過去の交易路では、『生命の温室』とも呼ばれていた。気体生物が中心となって、高度な文明を築いていると聞く。特に、そなたの持つ知識の量と、探究心を見るに、エアの教育水準の高さが窺い知れるの」
「ありがとうございます。実は、ファズさんとの再会も大切ですが、もし航路が外れた場合のために、エアに似た環境の星を探しておきたいのです。長老さまは、このイオの近くで、エアに似た環境で気体生物が住む星をご存知でしょうか?」
長老は目を細めて答えた。
「うむ。イオから磁気嵐の影響を受けにくい短い距離に、惑星リーフという星がある。リーフは、豊富な水素と窒素を持つ、比較的安定した気体環境で、気体生物の小さなコロニーが存在しておる。ファズの航路とは全く異なるが、実は、リーフは元々エアからの移住者が開拓した星なのじゃ。昔、イオとの交易の際の臨時的な拠点や、エアの裕福な層の別荘地として機能しておった」
アクアは驚き、目を輝かせた。故郷の移住者が住む星……彼女の視界は、一気に広がった。




