第七十九話 守り人
ゲートから溢れ出す人々の中から、人混みをかき分けて近づく一人の女性の姿があった。
その佇まいは、どこか凛としていて、まっすぐな目……そう、カイエンと同じ目をしている。
「カイエン……地球に……戻って来てくれたのね」
その声に振り返ったカイエンは、驚きに声が震えた。
「母さん……! 来てくれたのか」
「地球を飛び出したお前が……まさか、もしかしてって思って……この目で確かめに来たんだよ」
彼女は、息子が纏っている少し汚れた保護スーツと、その隣でいるであろう空間を見ながら、静かに微笑んだ。
「お前が選んだ道は、宇宙を旅する……地球に戻ることはない、と……あれほど言っていたのに。ありがとう。そして、今なら私も分かるわ……ドームの中の教科書には載っていないものばかりだったけれど……。本当に大切なものは何かって……ね。私は、この石板を守り、宇宙の声を聴き続けることが、この星にとってどれほど大切なことかって思うんだよ」
彼女は、カイエンが持つ石板の表面に、そっと手を触れた。
「私にも……地球人として手伝わせて。これからは、未来を担う子どもたちに、大切な事を伝え続けるわ。私たちが、一度は忘れてしまった……宇宙との約束と、この石板に込められた本当の願いを……。一人の守り人として……」
その言葉に応えるように、ドームの全通信網からクロノスの、かつてないほど人間味を帯びた、震える音声が響いた。
『……ありがとう。私の過ちを……まだ許し、繋いでくれる人がいるとは……』
メインスクリーンに映るクロノスの光が、どこか深々と頭を下げているように見えた。
『かつて、一人の地球人としてこのシステムを開発した時、私は自分の知性を過信していた。効率と平和を求めるあまり、そこに、悪意が芽生える落とし穴があることに気づけなかった……。その結果、私は肉体を失い、意識だけがこの冷たい回路に取り込まれた。だが、君たちの温かい心に触れるたび、自分が人として……大切にしていたもの、忘れてはならない事を思い出させてもらったよ。ありがとう……』
クロノスの傍らで、翠色のオーガストの光が、同意するように安定した輝きを見せている。
『……アクアの仲間たちが送ってくれたデータのおかげで、回路の修復は奇跡的な速さで進んでいる。オーガストの再構築も、間もなく完了するだろう。これからは、人間としての後悔を知る私と、無垢なる善意の知性とが手を取り合い、二度と過ちを繰り返さないよう……この星の全システムを見守っていく。……今度こそ、本当の意味で、人と共にあるために……』
カイエンは、アクアの光が繋げた母親の手と、スピーカーから流れるクロノスの決意を……生命の繋がりに感じていた。
「ああ、しっかり頼むぜ、クロノス、オーガスト。これで終わりじゃない……これからなんだからな。俺たち、宇宙の生物同士にとってもな」
「私、本当に嬉しいわ。地球の人たちに認識されなくても……地球を大切に思う心は通じたのよね……気持ちは伝わるんだわ」
アクアが喜びを噛みしめるように、カイエンに囁いた。




