第七話 ブルークリスタル
アクアは、故郷を懐かしく思い出しながらも、キラリの話に耳を傾ける事にした。
「お母さんが喜ぶようなプレゼントを考えているんだけど、手に入れるのが大変なんだよ」
キラリが話し始めた。高い山の上にあると言われる古代の石ブルークリスタルがあるという。今ではほとんど存在しなくなった珍しい鉱石らしい。他にもイオの鉱物には貴重な成分が石の中に閉じ込められている。鉱物を特定の液体に浸せば、成分が溶け出してくるものもあるという。
液体生物が高い山に移動するのは、重力や温度差による流動性の変化によって難しいらしい。対して、気体生物にとっては高度が上がる方が移動が楽になり、おやつになりそうな分子もある。キラリにとっては難しいみたいだが、アクアには簡単な事だ。
問題が一つある。どの山の事なのかが、幼いキラリには分からないと言っていた。
そこで、長老に会いに行って尋ねてみよう
ということになった。
長老の家へアクアとキラリは、それぞれの移動方法で向かう。アクアは川の流れに沿って上部の空間を移動する。キラリは川の中に入り、時々顔を出す。
「ねぇ、こっちだよ。早くはやく〜」
「はいはい」
キラリはとても嬉しそうだ。アクアも自然と笑顔になる。キラリの速さに合わせてアクアが飛ぶ……本当は、空間移動の方が抵抗が少ない為速い。アクアは一緒の時間を楽しみたいので、キラリには内緒で、ゆっくり移動しているのだ。
しかし、あっという間に2人は長老の家に到着した。長老の家も、外側は木材で作られており、屋根には大きめの天窓があった。家の前には、川の水が注ぎ込まれ、階段状になった小さな池がたくさんある。その中央付近の噴水から下段の池へと水が流れる造りになっていた。
「小さな池がたくさんあるのね……まとめて大きなものにしないの?」
「あれは、集会の時に家族ごとに入る場所なんだ。連絡事項は、少なくとも一人が来てれば家族に伝わるし……誰も来てなければ池を見るだけですぐ分かるから、後日訪問して知らせるんだよ。僕、長老さまと一緒によく行くよ」
「あぁ、なるほどね。キラリは、長老さまと仲がいいのね」
「そうだよ。長老さまは、何でも知っているんだ。僕の知りたいことがたくさんあるけど、長老さまはどんな事でも教えてくれるから……僕、大好きなんだ」
「そうなんだ、キラリの事を長老さまも大切に思っているんでしょうね」
キラリの気持ちは、同じように好奇心旺盛なアクアにはよく理解できた……私にとってはナギが先生役だったかな……。
『それにしても、長老やキラリが振動波で会話できるのは、この村特有なのかもしれない。ナギが教えてくれた知識を思い出すと、このイオの村は、宇宙の僻地にありながら、かつては気体生物や他の種族との交易拠点だったそうだ。長老のような指導者は、異種族との交流のために、液体生物本来の色の点滅による会話だけでなく、私たち気体生物の振動波を習得し、それを古い知識として子供たちに伝えているのだろう。キラリが長老を慕い、言葉を学んでいるのも、その伝統の一環なのかもしれない……』
ふいに、目の前の水の中から長老が顔を出した。
「おやおや、いらっしゃい。昨夜はキラリの家でゆっくり出来たかな?」
「長老さま〜、僕ね、教えてほしい事があるんだ。ねぇ、アクア」
「あっ、長老さま。ご配慮ありがとうございます。楽しく過ごす事が出来ました」
アクアは、地上に降り立って長老に向かって丁寧にお辞儀をした。そんなアクアの横でキラリは話したくて仕方がないようだ。
「それでね、長老さまにお願いがあるんだ!お母さんにブルークリスタルをプレゼントしたいんだけど、どの山にあるか教えてほしいんだ!」
キラリは目を輝かせながら訴えた。
「ブルークリスタルか。それはまた、なかなか粋な贈り物じゃのう」
長老はしばらく考え、静かに答えた。
「そうさな。この近辺で最も高き山、青雪山の頂近くにまだ見つからぬクリスタルが眠っておるという伝承がある。そなたのような気体生物なら、さほど難儀はすまい」
「やった!ありがとう、長老さま!」
キラリは川の中でぴょんと跳ねて喜びを表現した。アクアも、冒険の始まりに胸が高鳴った。
「おっと、待ちなさい……」
興奮するキラリを静かに制して、長老はアクアの方に向き直った。
「アクアよ。そなたが空港で伝言を請け負ってきた件じゃが、わしからも伝えることがある……」
アクアはすぐに真剣な表情になり、長老の話に集中した。
「わしらは、そなたに伝言を頼んだ旅をしていた者、ファズと連絡を取っておった。彼はこの村の者で、キラリの父親じゃ」
「えっ、あの時の液体生物さんが、キラリのお父様だったのですね!ファズさんはご無事なのですね!」
アクアが驚きと安堵の声をあげると、長老は頷いた。
「うむ。彼は、空港の宇宙船修理に参加し、その後ある星に出張するはずじゃ。我々と同じ液体生物ゆえ、修理完了まで空港近くの居住区に待機させられている。そして、つい先ほど、彼から重要なテレパシー連絡があったのだ」
長老は一呼吸おき、続けた。
「磁気嵐はまだ完全に収束しておらん、と私が伝えた。彼の方からは、宇宙船のメイン機器の修理が特に難航していることを伝えてきた。そのため、空港から次の連絡があるまでは、村から離れぬようにと警告しておる」
『村から離れないように?青雪山は...?』アクアは戸惑い、キラリの顔を見た。
「そうか、びっくりさせてしまったな……青雪山は村の境界からはさほど遠くない。それに、ブルークリスタルは昔から旅人を導くお守りと言われておる。ただし、今は危険もあるため決して遠くへは行かぬこと……約束してくれるかな。そして、何事かあればすぐにテレパシーで村に連絡を入れなさい」
長老はアクアの目を見て強く念を押した。アクアは緊張した面持ちで深く頭を下げた。
「はい、承知いたしました。ありがとうございます、長老さま」
自分も行きたいと駄々をこねるキラリに長老が、登山における重力や低温で凍る危険性を説明し……どうにか説得に成功した。長老と待つことにしたキラリが、アクアにそっと囁いた。
「アクア、お願いね!僕、ちゃんとお留守番できるから!」
キラリはそう言って、長老の池の端でアクアを見上げた。
長老の家を出たアクアは、高速移動で青雪山へと向かった。長老の『決して遠くへは行かぬこと』という警告と約束を守り、村の境界を大きく超えない最短ルートを飛ぶ。
惑星イオにおいて、青く凍てついた姿を見せる青雪山は、近づくにつれて空気は冷たく澄み渡り、硫黄の匂いは消えていった。液体生物には危険な低温域だが、アクアの保護スーツは完璧に機能している。
長老の言葉通り、ブルークリスタルは青雪山の頂上付近、氷に覆われた岩の隙間に埋もれてピカピカ光っていた。アクアが近づいて雪を払ってみると……それは天体光を浴び、内側から淡い青い光を放つ、息をのむほど美しい結晶だった。
アクアは慎重に結晶を切り離し、それを保護スーツに取り付けられているポケットのような別空間の中に入れた。
保護スーツが透明なので、まるでアクアの横に鉱物が浮かんでいるように見えた。
任務を果たし、帰ろうとした時、アクアの目が山肌をとらえた。
『この色……見覚えがある。何だったっけ?そうだ、ナギとよく通った惑星エアの図書館で見た図版だ!』
彼女はすぐさま岩肌に接近し、保護スーツ越しに、微量な成分を調べる。ブルークリスタルの陰にひっそりと埋もれていた、赤みがかった小さな塊……。
『これは起源の石!?古代の宇宙で、種族の境界なくエネルギー源として使われたという、伝説の鉱物……!図書館では、滅多に見つからない過去の存在として、絵と記述しか残されていなかったのに、まさかこんな辺境の星の片隅に存在していたなんて!』
またしても、好奇心と探究心がアクアの行動を突き動かした。彼女は夢中になって周囲を探索し、起源の石と共に、その周辺に付着した別の特殊な成分を持つ鉱物を、合わせて数種類採取した。長老の警告は頭の隅に追いやられていたが、幸いにも探索に要した時間はわずかで、村の境界を大きく超えることもなかった。
採取を終えたアクアは、急いで村へと戻った。




