第七十三話 空の者
数時間が経過し、外界の大自然の洗礼は、カイエンの体力を確実に削っていた。
「……ったく。船を操るより、自分の足でこの根っこを跨ぐ方が重労働だな」
カイエンは、深く降り積もった枯れ葉と腐葉土に毒づき、足を滑らせながら進んでいた。アクアは心配そうに、カイエンの近くに浮かんで待っている。
「カイエン、無理しないで。少し休みましょう?」
「いや、大丈夫だ。でも……このペースじゃクロノスの座標に着く前に、日が暮れちまうな……」
立ち止まったカイエンが、何かを思いついたようで、スーツの通信機能を使った。
「ナギ。聞こえるか?……悪いが、空港の物資運搬人で……誰か手の空いてるやつに繋いでくれないか」
カイエンは、上空で待機中のナギから、空港の物流運搬担当へと回線を繋いでもらったのだ。
『……はいよ、こちら空港物流。おや、この前の……あの新型スーツの兄ちゃんか……どうだい、外界の散歩は』
スピーカーから野太い声が響く。
カイエンが自然の中での窮状を伝えると、相手は豪快に笑い飛ばした。
『ハハハ! 宇宙船の操縦桿しか握ってこなかった軟弱な手足には、本物の大地は重すぎたかい。だが無理もねぇ、自然は計算通りにはいかないものだからな。……いいか、飛行船はここらの森じゃ小回りが利かねぇ。特別に、物流用の運搬ドローンを一台、そっちに飛ばしてやるよ』
その提案に、カイエンの目が輝いた。
「なるほど、ドローンか! 助かる!」
数十分後、上空から『キィィィィン』というローター音が近づき、一台の使い古されたドローンが樹間を縫って降りてきた。
それは本来、重量物を運ぶための頑丈そうな作業用機械だった。
ドローンが着陸すると、物資を載せるための荷台に、一冊の簡易取説と見慣れた形状のコントローラーが置かれていた。
「これは……面白そうだな!」
カイエンは、まるで新しいおもちゃを手に入れた子供のように、それらをひっ掴んだ……ちょうどその時、再び野太い声で通信が入った。
『取説なんていらねぇだろが……お前さんなら、そいつに跨って、上手いことバランスを取れるだろうよ。幸運を祈るぜ、軟弱者!』
通信が切れると同時に、カイエンは慣れた手つきで設定を書き換え、自分のスーツとドローンを同期させた。
ドローンの荷台の前方に跨り、コントローラーのレバーを慎重に倒してみる。
「よし、これで……浮くぞ……」
ふわりと地面を離れる浮遊感。さっきまでの泥臭い疲労が嘘のように、カイエンの視界が一段高くなった。
「最高だ! 宇宙船とはいかないが、これなら俺の立派な足になるな!……やっぱり、空はいいな」
器用にドローンを操り、森の隙間を加速していくカイエン。
その生き生きとした横顔を見ながら、アクアも嬉しそうに森の奥へと進む。
ドローンのモーター音が静かな森に響き渡り、二人の旅のスピードは一気に加速していく。




