第六十九話 眠れる者
消えていく区画の明かりを見つめながら、アクアが消え入りそうな声で、しかし切実な想いを口にした。
「……こんな時、クロノスがいてくれたら……。彼なら、このドームに眠る……きっと誰かの優しさを見つけ出して、守ってくれるはずなのに」
その言葉に、カイエンの胸の奥が熱く疼いた。
かつての戦いの中で、自分たちを守るためにその身を賭したクロノス。
不器用で温かかった彼の存在は、肉体を失い、意識だけとなっても大切な友人だ。
プログラムやデータの中で、眠る友そのものだった。
「ああ、そうだな……。あいつなら、こんな冷たいプログラム、真っ向から突っぱねて笑い飛ばしてくれただろうよ」
カイエンの言葉を聞いた瞬間、隣で作業をしていた老博士の手が、目に見えて止まった。
「……今、なんと言った? クロノスだと? まさか、かつての……テラのセキュリティシステムを作った設計者の名を言ったのか?」
博士の驚きに構わず、上空の宇宙船でコンソールを叩くナギの通信が入る。
『……クロノス。そうね、遺された善意……バックアップ……オーガスト……。カイエン、アクア、無茶を言うのは承知よ。でも、やる価値はあるわ。私が外部からシステムをこじ開けている間に、深層意識の底に沈んでいるはずの彼の断片を探し出してみるのよ!』
ナギは叫ぶように答えると、博士たちのアナログな抵抗を力ずくでバイパスし……ドームのメインフレームへと猛烈なアクセスを開始した。
「おい、何をしている! モニターが……また勝手に書き換わっていくぞ!」
驚愕する博士たちをよそに、カイエンは叫んだ。
「博士、手を止めないでくれ! 今、俺たちの仲間が……中からこの暴走を止めようとしているんだ。テラの悪意なんかじゃない、俺たちが信じている……善意の知性、クロノスだ!」
管理室のモニター群に、クロノスを探すナギが放つ鋭く青い光と、ドームが吐き出す赤黒いエラー波形が激しく衝突する。
その火花が散るデータの中で、ナギは必死に呼びかけていた。
『クロノス……! もし聞こえているなら、お願い、応答して! あなたが命がけで、愛して守ろうとしたこの星の人たちが……今、消されようとしているのよ。目を覚ましなさいよ、この頑固者!』
ナギの操作と、
カイエンの叫び、
そしてアクアの祈り。
それらの想いが重なり合い、沈黙していたドームの深層へと深く、深く潜り込んでいく……。




