第六十八話 忍び寄る影
ナギの警告と同時に、管理室の古びたドットプリンターが、命令もしていないのにガタガタと異音を立てて印字を始めた。
吐き出された紙には、博士たちが苦労して作り上げた再起動プログラムとは似て非なる、冷徹な文字列が並んでいる。
「な……なんだ、これは! 私はこんなコードは打ち込んでいないぞ!」
若者のひとりが悲鳴を上げる。
彼がキーボードから手を離しているにもかかわらず、入力画面のカーソルは生き物のように動き続け、独りでに確定キーを叩いた。
『カイエン、まずいわ! 誰かが……あるいは何かが、ドームの深層にあるセルフ・クリーニング・システムを起動させたのかもしれない!』
「セルフ・クリーニングだと?」
『資源が不足した際、システムが自動的に不要と判断した物資や区画を切り捨てるための冷酷なプログラムよ。博士たちが再起動のために開いたバックドアを悪用して、中から鍵を掛けられたのよ!』
その時、管理室の巨大な窓の向こうで、ドーム内の遠くの街並みが一瞬だけ青白く明滅し……そして、一つの区画が完全に闇に包まれた。
「あそこは……他のドームからの移住者が集まっている区画だよ!」
案内してくれた少年が、窓に駆け寄り叫ぶ。
博士は、ガタガタと震える手で、手元の紙のマニュアルを捲る……だが、到底アナログな速度では、光の速度で書き換えられるデジタルな悪意には追いつけない。
「アクア、ナギ、何か止める方法はないのか!」
カイエンが叫ぶ中、アクアは消えかかった居住区の光を見つめ、祈るように胸の前で両手を組んだ。彼女には見えるのだ。
消えた光の向こうで、人々の命の輝きが恐怖に震えているのが。
『……方法は、一つだけあるわ』
冷静なナギの声が、いつになく鋭く響く。
『このドームの制御を、一時的に完全に……外(私)に明け渡してもらうことよ。でも、それは博士たちが最も恐れている……外部知性の支配そのものよ。カイエン、彼らを説得できるかしら? 猶予はあと数分足らずよ!』




