第六十七話 危険な賭け
少年に案内され、厳重なセキュリティ扉の奥へ足を踏み入れたカイエンは、その光景に言葉を失った。
そこは、かつてのハイテクな管制室のイメージとは程遠い、膨大な紙に埋め尽くされた空間だった。
「……これが、本当に……管理室?」
並ぶモニターの多くは砂嵐かエラーを吐き出し、代わりに壁一面には手書きの数式やグラフ、印刷されたシステム構成図がびっしりと貼られている。
部屋の一角には、老い先短い職人のような老人たちと、彼らから必死に知識を継承しようとしている数人の若者たちが、古びたキーボードで一行ずつ、祈るような手つきでコードを打ち込んでいた。
「……バカな。テラの多層プログラムをまさか、手動で修正しているのか?」
カイエンが、驚きでわずかに震える。
カイエンたちの侵入に気づいた一人の老博士が、老眼鏡越しに鋭い視線を向けた。
「……何者だ。その装備……イオ製ではないな」
「俺はカイエン。外の世界から、ドームの状況を確かめに来た。あんたも見えないだろうが、俺の隣に気体生物のアクアがいる。惑星エアの高度な科学技術で、この保護スーツは作られているんだ」
カイエンがそう告げた後、室内には緊張ではなく、深い溜息が漏れた。
「外、か……。我々は今、それどころではないのだ。見ての通り、テラの遺した『知性』は死に絶えた。だが、それは同時に、ブレーキのない巨大な怪物を預けられたのと同じことなのだよ」
博士たちは、AIの再起動プログラムを検討していた。しかし、それは希望ではなく、恐怖との隣り合わせだったのだ。
「一度AIを目覚めさせれば、テラの『悪意の知性』が再び宿る可能性がある。そうなれば、また管理されて……不適合と見なされた住民たちは即座に排除されるだろう。だが、再起動しなければ、ドームの循環システムはあと数ヶ月で完全に停止する……。我々は、生き残るために、毒を飲むか、飢えるかを議論しているのだ」
博士の悲痛な告白に、沈黙が流れる。カイエンの隣で、アクアがそっと博士の持つ古びた書類に手を伸ばした。
彼女の姿も声も博士には届かないが、カイエンの耳には彼女の透き通った声が響いていた。
「……カイエン、伝えて。この人たちの心からも、この部屋の空気からも、とても悲しい音がする。でも、毒を飲むことも、飢えることも、どちらも正解ではないはずよって。このドームは、かつては色とりどりの命を包む、優しいゆりかごだったはずなんだから」
カイエンはアクアの言葉を噛み締め、博士の目を真っ直ぐに見据えて伝えた。
「……アクアが言ってる。あんたたちの絶望も、この部屋の空気の淀みも、悲しすぎるって。毒か飢えかなんて、どちらも選んじゃいけない。ドームは本来、命を守るための場所だったはずだろ……ってさ!」
博士が目に見えないはずの温かい心の気配を身近に感じ、驚いて目を丸くしていた。
その時、ナギが感じていた違和感……ノイズが再び現れた。管理室の砂嵐のモニターを一筋の青い光が走る。
『カイエン、アクアの言う通りよ! 何かおかしいわ……! 彼らが手動で入力している隙を突いて、バックグラウンドで……何かがプログラムの書き換えを行っている!』




