第六十四話 稼働と選択
軌道上の宇宙船から放たれたドリフターは、輝く流星のように地球の大気圏を滑り降りていく。
ナギの調整したシステムは完璧だった。
前回、カイエンを苦しめた乱気流や高重力の重圧も……まるで存在しないかのように機体は安定し、滑らかな飛行を続ける。
カイエンは操縦桿を握りながら、あらためて眼下に広がる広大な大地の光景に息を飲んだ。
荒々しくも生命力に満ちた、これこそが本来の地球。
そして、その中に点在する、テラの遺した巨大なドームが、希望の光のように反射して瞬いている。
『カイエン、アクア。管制は私が掌握した……着陸地点のハブ空港に誘導するわ。あとは任せたわよ』
ナギの頼もしい声が通信機に響く。
ドリフターは、滑らかに空港の滑走路へと着地した。
着陸デッキに降り立つと、そこにはドーム内へ運ぶための物資を無造作に積み上げる一団がいた。
彼らはイオ製の無骨なパワーアシストと、テラの旧式スーツを継ぎ接ぎしたような装備を纏っている。
だが、その動きはカイエンの知る地球人よりも遥かに重く、力強い。
彼らは外界の強大な重力に適応し、分厚い筋肉と黒く焼けた肌を持っていた。
逞しさ……まさに、自然に適応した者たちだ。
「……ナギ、彼らを見てくれ。重力に耐えるどころか、それを力に変えている」
カイエンが通信機越しに呟くと、ナギの驚いたような声が返ってきた。
『スキャンしたわ。信じられない……彼らの身体密度は、ドーム内やテラ時代の人たちの標準値を遥かに超えている。あえてドームの外に残り、この星の重圧をリハビリなしで克服した人たちがいたなんてね』
驚くべきは、彼らがドーム内へ入る際の様子だった。
ゲートの前で彼らは、内側に重い負荷をかけるための特殊な環境スーツを着用し始めたのだ。
「……逆だな。彼らにとってドームの中は、気圧も重力も低すぎて、体が壊れてしまう場所なんだ」
カイエンはその光景に、複雑な思いを抱いた。
ゲートを守る物資運搬のリーダー、重厚なスーツを纏った男が、カイエンを鋭い目で見据える。
「ドームに行きたいのか? あんた、その新型スーツの出力を下げな。中のひ弱な奴らが、あんたの出すパワーに当てられて腰を抜かすぜ」
カイエンは、アクアに視線を送り、静かに首を振った。
「ナギ、リハビリ計画は一旦白紙にしてくれ。俺たちは、今の地球が……本来の姿だと思っているが、ドームの中にいる母さんや他の人たちにとっては……ただの暴力かもしれない。彼らが何を考え、この先どうしたいのか……それを知るのが先だ」
アクアもまた、実体化した指先でドームの壁に触れ、優しく頷いた。
「そうね……無理に壁を取り払うことだけが自由じゃないわ。彼らが自分の足で外に出たいと願うまで、私たちはこのドームの安定を守る手伝いをしましょう」
ナギは少しの間沈黙した後、ふっと溜息をついた。
『……わかったわよ。エアの科学技術は、押し付けのためにあるんじゃないものね。分かったわ、まずはドームの制御システムに介入して、現在の不安定なエネルギー供給を最適化しましょう。先ずは……管理者の人間たちと、会って話してみなさいな』
カイエンとアクアは、ドームに続くという巨大なゲートをくぐった。
その先にあるのは、かつてのテラが遺した……最後の平穏が眠る箱庭のような空間だった。




