第六十三話 古い約束
ナギの船内に響くのは、精密機械が刻む微かな駆動音だけだった。
ドリフターを降りた直後のカイエンは、壁に背を預け、荒い息を整えながら自分の手元を見つめた。
一歩歩くごとに、ボロボロになったイオ製のスーツから火花が散り、無残な軋み音が静かな格納庫に反響する。
自分たちがどれほど無茶な環境の中にいたのかを、安全な船内の空気が改めて教えてくれていた。
その目の前では、ナギがアクアを優しく支え、手際よく粒子を繋ぎ止めている。
「……ふふ、驚いた? エアのパルスは、ただのエネルギー供給じゃないのよ」
ナギは作業を続けながら、ふっと視線を落とし、どこか遠くを見るような目をした。
「アクア、覚えている? 私たちがまだ幼かった頃……あなたが博物館の写真を見上げて、『いつかあの青い星へ行ってみたい』って言った日のこと」
アクアは、実体を取り戻したばかりの指先を動かし、不思議そうにナギを見つめた。
「……ナギ、その頃から?」
「そうよ。当時は不可能だと思ってたわ。重力が大きすぎるからね。それに、テラは完璧な管理社会で、私たちのような外の星の住人が立ち入る隙なんてなかったんだから。でも、あなたはいつだって本気だった。だから私は……もしもいつか、その夢が叶って、あなたがあの過酷な重力の中に飛び込むことになったら、絶対に私が守ってあげようって決めてたの」
ナギは、カイエンのスーツのジョイント部分に、エア特製の高重力適応チップを滑り込ませた。
「テラの秩序が崩れ、地球が本来の姿を取り戻せば、そこは、私たちにとって楽園なんかじゃない。剥き出しの自然と、荒れ狂う素粒子が渦巻く、未開の戦場になる……その予測だけは、テラの計算機よりも私の勘の方が正しかったみたいね」
彼女はカイエンの肩を軽く叩きながら微笑んだ。
「〇〇年、いえ、もっと前からよ。私はこの日のために、惑星エアの全データをひっくり返して、地球の重圧に負けない……命の器となるスーツを研究してきたんだから。カイエン、感謝しなさいよ。あなたのそのスーツ、今この瞬間から、ただのイオの鉄屑から、星を駆ける翼に変わるわよ」
ナギがコンソールを叩くと、ドリフターの機体と二人のスーツが、エア特有の淡い燐光を放ち始めた。
それは、過酷な……生きた地球へと再び挑むための、希望の輝きだった。




