第六十一話 見えない救世主
第三部
黄金の光に包まれたドリフターが着陸したのは、かつてテラの管理下にあった宇宙船専用空港の巨大な滑走路だった。
ハッチが開いた瞬間、カイエンを襲ったのは、芳醇な土の香りと、全身の骨を軋ませるような強大な重力だった。
「くっ……!なんて重さだ。これが本来の地球の重力なのか……」
カイエンは膝をつき、保護スーツの出力を上げる。
支配から解放され、本来の質量を取り戻したこの星は、ハーフであるカイエンの身体にさえ容赦なく牙を剥いていた。
「カイエン……苦しいわ。大気が重すぎて、私、意識が……体が押しつぶされそう……」
傍らで、アクアが形を保てずに激しく揺らめいている。
気体生物である彼女にとって、この高重力下での形態維持は、真空を泳ぐよりも過酷な苦行だった。
空港内で復興作業をしていた地球人たちが、異様な着陸を見せてドリフターへと駆け寄ってくる。
「おい、大丈夫か! 怪我はないか?」
親切に手を貸そうとする彼らに対し、カイエンは荒い息を吐きながら訴えた。
「ああ、助かる……。だが、俺だけじゃない。俺の隣に、アクアがいる……彼女がコアをリセットして、俺たちを……この星を救ってくれたんだ!」
しかし、地球人たちは困惑して顔を見合わせるばかりだった。
かつて元技師クロノスが指摘した通り、アクアとは素粒子の結びつきが違いすぎて、彼らには目の前で必死に耐えているアクアの姿を認識することができない。
「……隣?あんた、何の話をしてるんだ。そこには誰もいない。ただ、温かい風が吹いているだけじゃないか」
アクアの声(振動波)も、彼らには届かず、その存在は認識されない。この認識されない事こそが、これからの共生における最大の壁になるのかもしれない……。
その時、カイエンの腕のパネルに赤い警告灯が点滅する。
『警告:重力制御ユニット損傷。エネルギー残量低下。保護スーツの生命維持限界まで、現地(地球)時間であと三十分』
「ちっ、もう限界だと……?こうなったら、あいつを呼ぶしかないか」
カイエンは震える指で、緊急通信を起動させた。
「ナギ……聞こえるか!カイエンだ。補給と新型スーツが必要だ。アクアが大変なんだよ!」
すると、間髪入れずにクリアな音声が返ってきた。
『……待ってたわよ、カイエン。連絡が遅いくらいね。それよりも、アクア、大丈夫?ちゃんと状況の報告するって約束、忘れたの?』
「ごめんね、ナギ……忘れて……た」
「それにしても、応答が早いな」
『当たり前でしょ。地球が本来の質量を取り戻せば、あんたたちの旧型スーツじゃ耐えられないことくらい予測済みよ。もう地球の上空、衛星軌道上の宇宙船で作戦準備を整えて待機してるわ』
通信画面に映った幼馴染のナギは、アクアの様子を気にしている。
何よりも彼女の手元には、高重力対応の最新型保護スーツと、素粒子安定化装置が既に用意されていた。
『カイエン、今の空港の設備じゃスーツの交換も精密な補給も無理よ。とりあえず、地上はそのままにして、ドリフターでこっちまで上がってきなさい。私の船にドッキングすれば、すぐに全てを最新版にアップデートしてあげるから。……いい、アクアを絶対に消えさせたりしないでよ!』
「……了解だ! すぐに行く!」
カイエンは、崩れ落ちそうなアクアを必死に支え、再びドリフターの操縦席へと這い上がった。




