第五十話 選挙
静かな別室での対話後、アルゴはリアの心を取り戻せなかったことに動揺しつつも、自らの調和の理念の正当性を証明するため、住民代表の選出……すなわち選挙の実施を発表した。
アルゴは、長年の同調圧力により、住民が自分に逆らうはずがないと確信していた。
一方、リアはカイエンが施した都市システムへの細工を利用し、秘密裏に行動を開始した。
カイエンのシステムは、不満や異論を持つ人々が、一時的に監視の目から隠れることを可能にした。
リアは、その隠された場所で、トラブルの投下以来、心の中で不満を抱えながらも孤立を恐れて口を閉ざしていた人々と接触したのだ。
彼女は、アクアから学んだ……相手の考え方を知り、理解しようと努める心こそが、真の自由の始まりだと熱く語った。
「私たちは、父を打倒しようとしているのではない。父の恐怖も理解する。だが、その恐怖の裏で……自分の意見を失う苦しみも、皆に理解してほしいだけだ!」
リアの訴えは、孤独に震えていた人々の心に強く響いたようだ。
彼らは、協調性の低さゆえに孤立していたリアこそが、真の自由の担い手であると確信し始めたのだ。
選挙当日……アルゴは、模範的な協調性の持ち主である側近を代表候補として立てた。
対するは、協調性の低い……目力の強い自由を求めるリアだった。
選挙はアルゴ氏族の監視下で行われたが、カイエンは投票システムそのものに、究極の匿名性を保証する細工を施していた。
カイエンは、広場に集まった住民たちに向けて、隠れた場所から通信を送った。
「お前たちのリーダーであるアルゴは、お前たちの協調性に賭けている。
だが、投票システムは俺が掌握してる。
誰がどの票を入れたか、アルゴには絶対に分からないようにしておいた。
お前らは、静かなる圧力から解放された場所で、本当の気持ちを決めろ。
お前たちが選ぶのは、秩序の恐怖か、理解への努力かのどちらかだ!しっかり考えて決めるんだぞ!」
アルゴは、この通信を異星人の軽口として無視しようとしていたが、住民たちの顔は、いつもの完璧な笑顔の下で、激しく動揺していたようだ。
彼らは今、孤立の恐怖から初めて解放され、個人の意志を行使する岐路に立たされたのだ。
住民たちが一人、また一人と投票ブースへと向かう。
(住民A:中年女性)
・ 独白: 「アルゴ様の秩序は、いつも私たちを守ってくれた。平和だった。でも……この笑顔の仮面の下で、私はどれだけ長く不満を我慢してきただろう。誰も見ていない……私も、自分の意見を……」
(住民B:若者)
・独白: 「父さんの昇進を考えなきゃ。協調を選ぶべきだ。安全だ……。だが、リアが言った……意見を失う苦しみが頭から離れない。私は、父さんの恐怖と、自分の自由のどちらを選べばいい?」
(住民C:アルゴ氏族の監視役の一人)
・ 独白: 「私は常に正しい側にいたはずだ。調和こそ正義……だが、アクアの言葉が響いた。アルゴ様の恐怖は理解できる。しかし、リアの希望という考え方も、理解しようと努めるべきではないのか……」
開票が始まった……。
最初こそ、アルゴ氏族への票が多かったが、徐々にリアへの票が積み上がっていく。
住民たちは、匿名性という盾の裏で、長年抑圧してきた個人の意見を行使していた。
そして最終結果……。
リアが、わずかな差でアルゴ氏族の候補者を破り、新たな住民代表に選出された。
広場は、一瞬の静寂に包まれた。
完璧な笑顔のままだが、誰もが目を見開き、この協調とは逆(自由)の結果を受け止められずにいた。
アルゴは、信じられないという表情で娘を見た。
彼が、自分の正当性を証明するために仕掛けたシステムによって、支配の基盤が崩壊したのだ。
アクアはアルゴに近づいた。
「アルゴ氏。あなたは、秩序への愛から支配を選びました。リヴの住民は、違った……でも、あなたの考え方を否定したのではないのです。あなたの恐怖を理解した上で、別の可能性を選んだのです。これが、理解と共存の力なのです」
アルゴは、敗北ではなく、自分の愛が歪んでいた事実に打ちのめされた。
彼は、もはや支配者ではなくただの父親として、選ばれた娘に視線を向けた。




