第四十四話 惑星ゼニス
カイエンのブラックホールの重力圏を利用した航行は、大小のブラックホールを何度も越えて……限界ギリギリのスピードで、ドリフターがゼニスへと向かっていた。
時空の歪みを通過し、激しく振動するワープ回廊の出口に差し掛かる度、重力によってドリフターの船体は激しく軋んむ。
「ダメだ、ここは歪みが強すぎる!このままじゃ船体が保たないか……」
カイエンの額に汗が滲む。
カイエンの豊富な航行経験をもってしても、ブラックホールの重力と対峙し続けるのは困難な操縦だった。
「カイエン、無理をしなくていいのよ!」
アクアが囁く。
「いいや、無理しなきゃ間に合わねえだろ!」
カイエンは、そう言って航路を即座に判断し、新設された地熱ブーストのレバーを深く押し込んだ。
地殻族の濃密な地熱エネルギーが船体全体を包み込み……ドリフターは、時空の激しい歪みを一瞬で引き裂いた。
地熱ブーストにより、ドリフターは、通常の航法では数週間かかるところを、わずかな時間で惑星ゼニスの軌道へと躍り出た。
惑星ゼニスの空は、テラが設置した人工太陽光システムの不調により、薄曇りのような不安定な光に覆われていた。
「シズマの報告通りだな。人工太陽光の出力が半分以下になっているみたいだぞ」
カイエンが言った。
惑星ゼニスの住民……ゼニス族は、薄いシルバーグリーンの体を持つ、光合成に大きく依存する生物だ。
地上の広場や街路では、機能的な制服を纏った彼らが、一様に無気力な様子で座り込んでいる。
体色は光合成が不足し、通常よりも白っぽく、エネルギー不足で飢餓状態にあることが一目で分かった。
彼らは、人工太陽光の最も当たる場所を求めて動いているが、テラの支配がなくなって以来、誰からも『次に何をすべきか』の命令を受けていないため、自発的に有効な行動が全く起こせていなかったのだ。
(惑星リーフにて)
時を同じくして、惑星リーフでは、イオの派遣責任者となったファズが到着していた……ファズは、地殻族のリーダーであるメテオと熱く語り合っている。
「メテオくん、君の勇気と、地殻族の持つ感情の力は、ゼニス族の指導に不可欠ですね」
ファズは熱意を込めて語った。
「もちろんです、ファズさん。我々は、あの時の誤解を、もう二度と繰り返すつもりはありません……根気強くみんなの指導に全力を尽くします」
そう言ってメテオは、プラズマの輝きを静かに揺らした。
ファズは頷き、イオから連れてきた教師団の中から、数名の経験豊富な者を選び出した。
「私はまず、この数名をリーフに残しますね。地殻族の協力を得て、エネルギー技術と、感情の制御を教えるカリキュラムの基礎をここで固めてください。その後、私が残りの教師団を率いて、ゼニスへ向かいます。そして、何かあれば、いつでも連絡をしてください。私は、全派遣責任者として、必ず混乱から立ち直らせてみせます」
メテオとシズマは、ファズの統率力と共感性に深く信頼を寄せていた……。
ドリフターを着陸させたアクアとカイエンは、静まり返った街の中を歩いて様子を見た。
テラの支配が終わったことで、深刻な無秩序が街を覆っている。
人々は飢え、苦しんでいるが、『誰かが指示する』というテラの洗脳から抜け出せず、誰も行動を起こさないようだ。
「見て、カイエン。彼らは生命の危機に瀕しているのに、自分で解決しようとしていないわ」
アクアが憂慮した波動を送った。
その時、一人のゼニス族の代表者が、アクアたちの元へよろめきながらやってきた。
体は衰弱しているが、その目には切実な懇願が宿っている。
「お願いです、異星の方々……。誰か、我々に……次に何をすべきかを教えてください。テラの管理者が去ってから、私たちはエネルギー源を失い、方角を確かめる位置情報も失いました。このままでは、皆、飢えと混乱で滅びてしまいます……」
カイエンは、この惑星の絶望的な状況を目の当たりにし、深く息を吐いた。
彼らに必要なのは、単なるエネルギーではない。
本当は……
自ら考え、
行動する…
…自由だ。
「わかった。俺たちが、まずはお前たちの光を取り戻す。だが、その光をどう使うかは、お前たち自身が決めるんだぞ」
カイエンとアクアは、ゼニス族の生命を救うための、最初の行動を開始しようとしていた。




