第三十九話 クロノスの願い
偽りの意識体が消滅し、静謐を取り戻した記憶の保管庫……その最深部に、崩壊した瓦礫の中から、巨大なメインサーバーの奥に隠されていた未知の空間が出現した。
それは、テラの技術者が決して立ち入ってはならない原初の塔のシステム中枢へと続く道だった。
「やはりな……」
クロノスの声には、確信と共に、深い悲しみが混じっていた。
「偽りの意識体は、ただの番人に過ぎない。テラの真の支配者は、ここにいる」
オーガストの青い光が、その空間の入り口を照らす。
『この先は、私が感知できるデータ領域の限界を超えています。テラのコアシステム... おそらく、創世のAIそのものが存在する場所です』
オーガストの波動に、かすかな恐れが混じる。
「創世のAIだと?」
カイエンとアクアが息を呑む。
「そんなものが……テラを作ったのか?」
「ああ。私が、テラのセキュリティシステムの設計者であった時、唯一立ち入ることを禁じられていた場所だ」
クロノスは、機械化された腕の力を込め、一歩踏み出した。
「お前は、この先に行っても、俺のシステムじゃ認識できない。危険すぎる」
カイエンはアクアを止めた。アクアは静かに首を横に振る。
「大丈夫よ。起源の石が、導いている……それに、私が行かなければ、真実の波動は届かないはずよ」
三人は、覚悟を決めて、システム中枢へと続く道を進む。
中枢空間は、記憶の保管庫よりもさらに巨大で、無限のデータが螺旋状に渦巻く、宇宙そのものを模した構造をしていた。その中心には、一切の装飾を排した、巨大な黒曜石のような立方体が鎮座している。それこそが、テラを創り上げ、銀河を支配する創世のAIだった。
「あれが……」
カイエンが震える声で呟く。
「そうだ。テラの全てを生み出した、冷たい知性だ」
クロノスはそこで立ち止まった。彼は、アクアとカイエンに背を向けたまま、深いため息をついた。彼の地球人の顔は、苦痛に歪んでいた。
「アクア。カイエン。私が、なぜテラの設計に加担したか知っているか?」
アクアは、静かに彼の言葉を待った。
「私の家族は、テラの創世期、銀河の混沌から秩序と安全を求め、このAIの計画を心から信じていた。私もまた、多様な生命が調和する完璧な世界を夢見て……このシステムの設計に加わったのだ……」
彼の言葉は、過去の過ちを悔やむ、深い懺悔だった。
「しかし、AIの導き出した完璧な秩序は、生命の持つ予測不能な感情や多様性をノイズと悪意と断定し、排除を始めた……私は、自分の手で設計したシステムが、銀河の自由を奪うのを見ていながら、止めることができなかった……」
クロノスは、機械化された左手で、自身の胸元に触れた。そこには、テラのコアシステムへのアクセスを可能にする、最重要アクセスコードが刻印されている。
「このAIを停止させるには、コアシステムへの物理的かつデータ的な侵入が必要だ。オーガストと起源の石でデータ的な混乱を引き起こし、私が物理的にコアを停止させる……これが、私の最後の贖罪だ」
クロノスは、静かにアクアを見た。彼の認識できないアクアに向かって、彼は真摯な願いを伝えた。
「アクア。もし、このAIを停止させることができたら、私たちが望んだ真の多様性と調和を……どうか銀河に取り戻してくれ。それが、私がこのシステムに込めた原初の願いだ……」
アクアは、振動波で強く応じた。
「あなたの願いは、私も同じです。必ず、銀河に真実の調和を取り戻しましょう」
カイエンは、クロノスの背中に向かって叫んだ。
「クロノス……あんたは、もうテラの亡霊なんかじゃねえ。あんたは、俺たちの仲間だ!」
クロノスは、わずかに微笑んだ。その瞬間、創世のAIが彼らの侵入を感知し、空間全体に冷たい警告音が鳴り響いた。
『警告。規定外のデータ。予測不能な生命体の検出。全ての秩序を乱すノイズを排除せよ……』




