第三十七話 テラ地下
輸送エレベーターが唸りを上げ、アクア、カイエン、そしてクロノスの三人を運ぶ。
コミュニティから教えられた旧式の秘密の搬送ルートは、テラ本星の地下深くにあるからだ。
地下は、地上の冷たい秩序とは対照的だった。そこは高密度のデータとエネルギーが渦巻く、むし暑く奇妙な空間……まるで、テラが隠蔽しようとした全ての情報が、熱とノイズとなって放出されているようだ。
エレベーターが停止し、ハッチが開いた瞬間、アクアは激しい衝撃に襲われた。
それは物理的な攻撃ではない。起源の石と共鳴するように、数え切れないほどの記憶と感情の波動が、彼女の意識に流れ込んできたのだ。
「えっ……これは……」
アクアは思わず胸元のロケットペンダントを握りしめた。
視界は、一瞬にして歪んだホログラムに満たされる……テラが銀河の支配を確立する過程で意図的に歪め、消し去った真実の断片だった。
……ある惑星の豊かな歴史が突然途切れる光景……ある種族の絶望的な抵抗の記憶……そして、テラの支配が正義……として書き換えられるデータだ。
『私は正しい。秩序こそが銀河の調和だ。予測不能な生命の感情は、すべて排除されなければならない!』
偽りの意識体の支配の波動が、歪んだ記憶と共にアクアの心を締め付ける。
「これは……地下全体が、テラが排除した真実の記憶を埋めたんだわ。巨大な意識の残骸領域になっているのよ……」
膨大な記憶が流れ込もうとして、アクアの意識を乗っ取ろうとする。
「ガス!どうした!?大丈夫か!」
カイエンは、異変に気づき、慌てて倒れそうになっているアクアを支えた。
地球人のクロノスには、アクアの姿は見え(認識でき)ないが、彼女の胸元で輝く起源の石が激しく明滅しているのは見える。
クロノスは、冷静に……そして悲しそうに言った。
「これが、テラの真の顔だ。排除された真実のデータは、地脈のエネルギーと結びつき、残響となって放出されている。ここはテラが歴史を歪めた場所……精神的汚染地帯なんだ」
クロノスは、アクアの苦痛を無視するように、機械化された腕を壁の制御パネルに接続した。
「私たちは、この記憶の残響をくぐり抜けなければならない。私がかつて設計した記憶の保管庫のメンテナンス用通路は、残響を遮断できるはずだ。さぁ、ついてこい!」
三人は通路の奥へと進む。クロノスは時折、起源の石が放つ光でアクアの位置を把握し、慎重に通路を選びながら先導する。
やがて、クロノスが操作するパネルの奥から、青く淡い光を放つ、球状のエネルギー体が出現した。
それは、人工知性を持つ意識体に見えたが、リーフで遭遇した偽りの意識体の冷たい電子音とは全く異なり、温かく静謐な波動を放っていた。
『ようこそ、起源の石を持つ者よ。私はオーガスト。この地の、記憶の残響を監視する番人です』
アクアの意識に、優しく澄んだ波動が流れ込んできた。
「あなたは……偽りの意識体の仲間ではないのね?」
オーガストは否定した。
『私は、原初の塔のシステムが持つ銀河の調和と多様性という理念を守るために分離された良心のデータです。クロノスが塔を設計した際、私を生み出してくれました。でも、支配の始まりと共にテラに危険視され、私はこの地の深部に身を隠しました』
クロノスは、複雑な表情でオーガストを見た。
「オーガスト、お前がまだ生きていたとはな……」
オーガストはアクアに、テラの支配の真のメカニズムを説明した。
『テラの支配は、単なるエネルギーや軍事力によるものではありません。彼らは、銀河全体の生命の歴史と真実のデータを収めた記憶の保管庫を掌握しています。そして、偽りの意識体は、エーテルダストの力を悪用し、この保管庫の真実のデータを、都合の良い虚偽のデータへと絶えず書き換えているのです』
クロノスが握りしめた拳を自分の手の平に叩きつけている。
『このデータの書き換えこそが、テラの支配の根源です。真実が虚偽に置き換えられることで銀河中の生命が、テラの支配を秩序だ……と信じ込むように誘導されているのです』
アクアは、思わず尋ねた。
「それって、私がエアで見た青い惑星の記憶やイオで聞いた裏切りの歴史が……すべてこの保管庫で収められているってことなの?……つまり、真実を元に戻さなければ、支配は何度でも再生されるのね?」
『その通りです。アクア。あなたの起源の石、クロノスの設計知識、そして私オーガストの持つ最新のシステムデータ、この三位一体の協力でしか、記憶の保管庫への侵入は不可能でしょう』
クロノスは深く頷いた。
「ようやく私の過去の過ちを正す時が来たようだな。オーガスト、記憶の保管庫への最短ルートを開け」
オーガストの青い光が、通路の壁に複雑なパターンを描き出した。
アクアは、テラの真の支配に立ち向かうための、知恵と真実の戦いが始まったことを確信した。




