第三十五話 案内人
ドリフター(宇宙船)は、テラの最新鋭の監視衛星群がひしめく裏ゲートのワームホールを突き進んだ。
シズマから得た極秘データと地熱エネルギーを限界ギリギリまで使って衛星を回避する。
カイエンの巧みな操縦で監視の網をすり抜け……乱流の宙域を抜け出すと、船首をテラ本星の衛星軌道へと向けた。
「ちっ、さすがテラだ。裏ゲートは侵入者を粉砕するための罠だな」
カイエンは汗を拭った。
「もう奴らの監視下に入ったな。船は緊急ステルスモードを維持するぞ。ガス、シズマのデータを確認しろ。この宙域で元テラ技師と接触するぞ」
アクアは、胸元の起源の石の光を確かめながら、シズマから送られたデータを開いた。
データには……元テラ技師の名はクロノス、そして彼が隠れている座標が表示されていた。
その場所は、テラ本星の衛星軌道上に浮かぶ、旧式の廃棄物処理ステーションだった。
テラが関心を失った場所は、監視の目が緩い……実に合理的だ。
ドリフターは、廃棄物処理ステーションの古いドックに音もなく潜入した。
船を降りた二人の前に現れたのは、手足の一部を錆びた金属で覆われた老いたサイボーグだった。
彼の瞳は、鋭い光を放っていた。
「シズマから話は聞いている。お前が、テラのシステムに混沌を持ち込もうとする者か?」
クロノスは低い声で問いかけた。
「ああ、そうだ。俺はカイエンだ。そして……」
カイエンが答え、アクアは彼の後ろに立っていたが、一歩前に出た。
「……」
クロノスは、不思議そうな顔をして首をかしげた。
「おかしいな、シズマからは二人だと聞いていたが……あんちゃんだけか?」
「いや、二人いる……えっ?」
カイエンはアクアを一瞥し、クロノスに言った。
「あぁ、こいつ(アクア)は、テラのセンサーでは捉えられないらしい。あんたの目にも、見えにくいらしいな」
「見えないのではない。認識できないのだ」
クロノスは低い声で訂正した。
「素粒子の結びつきが違いすぎるからだ。だが、シズマのデータで、それが起源の石を持ってきた気体生命体だということは理解している」
カイエンはアクアに振り返って言った。
「ガス、話せ。あんたが直接そいつに聞こえるようにな」
アクアは頷き、クロノスに語りかけた。
だが、アクアの声はクロノスの耳には届かなかった。
「こいつは故郷(惑星エア)や宇宙の惑星をテラの脅威から守りたい。テラが恐れる、生命の持つ予測不能な力を信じているから……だと言ってる」
カイエンがアクアの言葉を通訳する。
「はぁ、なるほど。起源の石か……確かに私は、あの原初の塔のシステム設計に関わった事がある。それに、その気体生物が身につけているであろう起源の石は見える。だがな、今の私はテラの亡霊だ……何も出来ない。それにしてもなぜ、命懸けでテラに敵対する?気体生物のお前が……」
クロノスの地球人の顔には、深い後悔の念が浮かんでいた。
彼は、アクアの予測不能な力という言葉に心を動かされたようだ。
しばらく考え込んでいたクロノスは、決意を固めたようだ。
「いいだろう……私の過去の過ちを正すために協力しよう。その前に、地上でテラ本星の現状を見ておけ。あれが、私たちが守ろうとした秩序の末路だからな」
三人は、廃棄物ステーションからテラ本星の地上へと移動した。
地上は、アクアの故郷エアの純粋な自然美とは対照的で、完璧さを放つ巨大都市は無機質な冷たさで覆われていた。
街には、地球人もいれば、テラの支配を受け入れた固体生物や液体生物の異星人もいる。
皆、統一された同じような制服を着て、何かに操られているように無表情で歩いている。
アクアは、街中を注意深く観察するが、同じ気体生物の姿が一人もいないことに気づいた。
疑問を持ったアクアは、カイエンを通して質問してみた。
クロノスは、気体生物が予測不能で制御困難なため、テラから意図的に排除されたか、強制的に形態を変えられたのだろうと説明した。
潜入ルートを探す中、クロノスはかつての賑やかな異星人居住区や芸術の殿堂だった場所が、ことごとく効率化センターに変わってしまっていると言った。
そして、ある区画に差し掛かったとき、カイエンの足が止まった。
彼が幼少期に母親と暮らしていた家があった場所は、画一化されたテラ式の集合住宅に作り替えられていたからだ。
「以前は、色とりどりの洗濯物が干されていて、色んな匂いがした。母さんはよく笑っていた。今は……生物を感じねえ、ただの物質だけだ」
カイエンが地球人のハーフとして感じる喪失感が、この冷たい街に向けられた。
だがその時、カイエンが都市の旧式の動力ラインの近くで、小さな隠されたコミュニティを発見した。
そこには、色とりどりで自由なデザインの衣服を纏った少数の地球人と異星人(固体・液体生物)の姿があった。
彼らは、小声で話したり、笑い合いながら……テラ以前の文化や技術を守り続けているように見えた。
「テラの支配は、全てを支配しきれてはいなかったんだ……ちゃんと残っていたんだな」
カイエンは、その希望の火種に勇気づけられたようだ。
アクアは、排除された種族としての使命感と、目の前の希望を守る決意を新たにした。
クロノスは、都市の古い下水・廃棄物処理ルートが、地下中枢への唯一の侵入経路だと告げた。
三人は、銀河の運命を左右する地下の闇へと、潜入を開始する。




