第三十三話 イオへの帰還
リーフの宙域を離脱したドリフター(小型宇宙船)は、カイエンの操縦により、惑星イオに向けて舵を取った。
激戦を終えた後の船内は静寂に包まれ、地殻族のエネルギーで強化されたエンジンが、静かに唸りを上げている。
カイエンはコックピットの椅子を倒し、大きく息を吐いた。
「やれやれ、最高の獲物を破壊したってのに、気分は半分しか晴れねぇな。奴ら(偽りの意識体)は……また逃げやがった」
「でも、リーフは解放されたわ」
アクアは窓の外の星々を見つめていた。
「私たちが勝ったのよね……」
「ああ、その通りだ」
カイエンは認めた。
「だが、次の目的地はテラ本星か……リーフとは比べ物にならないぞ。お前は、少し頭を冷やせ……恩返ししたいイオに寄って、長老に報告でもしてこい。俺も少し、ドリフターの船体修理と、地熱エネルギーの調整をしておくからさ……」
イオの村に降り立ったアクアは、すぐに長老の元へと向かった。
長老は、アクアの報告を終始穏やかな表情で聞いていた。
リーフでの地殻族との対話や再生された大地の種の力、そして、テラの偽りの意識体の逃亡について……。
「……テラ本星へ向かう、か……」
長老は静かに目を閉じた。
「惑星リーフを支配(監視)下に置いていた悪意の根源の地……テラか……」
「はい」
アクアは、はっきりと答えた。
「起源の石は、私に原初の塔の使命を継げと言っているように感じます。テラ本星へ行き、テラの黒幕が最も恐れるという生命の種を、その支配の核に突きつけます……」
長老が顔を上げると、その瞳は優しくも力強かった。
「お前の成長は、我々の想像を遥かに超えたの。恐れを乗り越え、戦うことを選んだお前を、誇りに思うぞ。行け、アクア。テラへの旅立ちを、この私が長老の名において承認する……銀河の調和の力が、お前と共にある事を忘れるでないぞ」
報告を終えたアクアは、川の中で一人で遊ぶキラリを見つけた。
キラリは、川底に潜む魚のような生物を夢中になって追いかけ……水面は、キラリの身体が発する黄色やオレンジ色の光の点滅で輝いている。
「……キラリ、なにしてるの?」
アクアが優しく振動波で呼びかけると、水中から顔を出したキラリが嬉しそうに答えた。
「アクア!?……わぁ、びっくりしちゃった。ねぇ、どこに行ってたの?……アクア、お父さんを助けてくれて、ありがとう。……アクア、長老さまに会った……」
「あはは、相変わらずキラリの口は止まらないね。一つずつちゃんと答えるから……ちょっと待って……」
「うん、分かった。だって、嬉しいんだもん。僕ね、アクアといっぱい話したかったんだよ」
キラリは、嬉しさのあまり身体の色を変えたり点滅しながら、(長老に習った上手な)振動波でアクアに話しかけて止まらなかった。
アクアは、キラリの純粋な優しさと、無邪気な好奇心に触れて、心が温まるのを感じた。
テラ本星へ向かうという重い決意の前に、このキラリとの時間が、何よりも大きな力となった。
「惑星リーフも綺麗だったけど、やっぱりキラリの星が一番素敵よ。……ありがとう、キラリ。惑星イオは、私がこの旅を始める勇気をくれた大切な……恩返ししたい場所よ。キラリ、またすぐ会えるから……待っててね」
ドリフターの船体は、カイエンによって完璧に調整され、テラ本星への長大な航路に向けた準備が完了していた。
カイエンがアクアを呼び出すと、彼女は長老とキラリに見送られながら、空間移動してドリフターのもとへやって来た。
「気をつけてね、アクア!またね……あっ、忘れてた。これお父さん(ファズ)からだよ……アクアに渡すようにって言われたんだ」
キラリは、小さな箱をアクアに手渡し、長老は別れを惜しむように言った。
「起源の石に導かれるままに。アクアよ、決して無理したり、一人で抱え込むでないぞ……わしらが、いつでも見守っておるからな……」
カイエンが操縦するドリフターは、アクアを乗せてイオの上空……漆黒の宇宙空間を進む。
アクアがキラリに手渡された小箱を開封してみると、そこには……細くしなやかな金属製の鎖で精巧な飾り細工が施されたロケットペンダントが入っていた。
「ファズのヤツ、粋な事をしやがるな」
「えぇ、本当に……これって、起源の石がぴったり収まるサイズだわ!」
『ファズ、ありがとう……』
アクアは、惑星イオにいるであろうファズに、テレパシーで感謝の気持ちを送った。
『アクア、イオの村から応援しているよ……また、会える日を楽しみにしています』
ファズのテレパシーが届いた。
アクアは、テラ本星の方向をまっすぐ見つめた。
そこは、青く美しい惑星の記憶と共に、銀河を覆う悪意の根源が待つ場所だ……。




