第三十二話 突入
カイエンが始動スイッチを入れると、ドリフター(旧式小型宇宙船)のエンジンが唸りを上げ、地殻族から受け取ったエネルギーが船体をすっぽり包み込んだ……次の瞬間、惑星リーフの厚い雲を突き破り、濃密な大気圏を引き裂いて、一気に上空の宇宙空間へと躍り出た。
視界いっぱいに広がるのは、禍々しい黒い衛星……テラの支配の核だった。それはリーフの周回軌道上に静止し、無数のアンテナと採掘ビームを惑星に向けていた。その核から放たれる支配の波動は、微弱ながらもアクアの意識に届き、不快な圧迫感を与えていた。
「ターゲットを補足した!奴らの防衛ラインは薄いが……自動防御システムが作動しているぞ!」
カイエンが鋭く叫んだ。ドリフターの前に、テラ製の小型ドローン編隊が突如出現し、防御シールドを展開する。
「シズマの強化は伊達じゃないぜ!なめんなよ!」
カイエンは獰猛な笑みを浮かべ、火器管制システムを一気に起動させた。地殻族の地熱エネルギーは、主砲の火力を劇的に増幅させ、放たれたプラズマ弾は一瞬でドローン編隊を蒸発させた。
「よし!このまま突っ込むぞ、ガス!……いや、アクア……準備はいいか!?」
「ええ!……もちろんよ……」
アクアは起源の石を手に握りしめた。石の光が、カイエンの船に宿る地熱エネルギーと、リーフの地底にある再生された大地の種の波動と、三位一体となって共鳴を始めた。
ドリフターは、支配の核の巨大な外壁に激突寸前で急停止して着陸した。カイエンはハッチを開けるや否や、アクアを連れて内部の中枢制御室へと駆け込んだ。
中枢制御室の中央には、虚空に浮かぶ青白い光の集合体があった。これこそが、かつて原初の塔でアクアと対峙し、キラリの純粋な愛の波動によってデータとして逃走した偽りの意識体の本体だった。
『……貴様か、気体の生物よ……なぜ、私に敵対する……愚かな感情に支配された者め……』
偽りの意識体は、歪んだ電子音と共に、アクアの脳に直接、傲慢な波動を送り込んできた。
「私は、あなたたちの支配を終わらせるために来たのよ!」
アクアは、起源の石を目の前の空間に向けて掲げた。石から放たれる白銀の光が、制御室全体を満たし始めた。
『馬鹿な!その光は……!この波動は、我々が最も恐れるものか……?生命の無秩序な感情を増幅させるエーテルダストの触媒……!』
偽りの意識体は激しく動揺し、その光体が収縮した。テラの機械知性が混沌と呼ぶ、生命の多様性と感情の波動が、その支配の根源に触れようとしていた。
アクアは、起源の石を核の制御盤に強く押し当てた。
「……今よ、大地の種!」
その瞬間、リーフの地底から、再生された大地の種が放つ巨大なエネルギーの柱が、支配の核の真下から宇宙空間へ向けて噴き上がった。それは、エーテルダストの調和の力を増幅し、起源の石を通じて核のシステムへと流れ込ませる純粋な浄化の波動だった。
『やめろぉぉぉ!』
偽りの意識体は断末魔の叫びを上げた。その光体は白銀の波動に飲み込まれ、まるで砂のように崩壊し始めた。
核のシステム内部では、テラが設置したルナスの採掘装置やエネルギー分配システムが、浄化の波動によって次々と機能停止していく。支配の核は、もはやリーフの地脈からエーテルダストを奪うことができなくなった。
『……私は消えぬ……データとして……テラ本星で、私は再生する……!』
光体が完全に崩壊する寸前、偽りの意識体の最後の断片が、微細なデジタル信号となってリーフ宙域を離脱し、またしても宇宙の彼方へと逃走した……。
支配の核は機能を停止し、ただの巨大な残骸となった。リーフに向けられていた全ての採掘ビームや、抑圧的な支配の波動は消滅した。
「やったぞ、アクア!リーフは解放されたんだ!」
カイエンは歓喜の声を上げた。
その直後、リーフの空気が一変した。圧迫感が消え、地殻族やリーフの生物たちが放つ感謝と歓喜の波動が、アクアの心に溢れんばかりに流れ込んでくる。
『……ありがとう……真実の波動を持つ者よ……』
アクアは涙を隠しながら、大きく頷いた。
その瞬間、彼女の脳裏に、ごく幼い頃、ナギと通った博物館の展示コーナー……1枚の写真……青く美しい惑星のイメージが蘇った。それは、惑星エアから来た気体生物であるアクアが、無意識に故郷のような懐かしかさと憧れを持っていた……遠い記憶の中の場所だった。
『テラ……あそこが、私の始まりの場所……そして、この悪意の根源……』
アクアは静かに決意を固めた。
「さあ、ガス。リーフは一旦、平和を取り戻したな……」
カイエンは、起源の石を回収したアクアに言った。
「だが、奴らは逃げた。次は、テラ本星の奥深く……奴らの真の黒幕を断つ。……長い旅の始まりだな」
ドリフターは、機能停止した支配の核の残骸を背後に、次の目的地、テラ本星へと続く遥かな宇宙へと舵を切った。
(リーフ編)完




