第二十六話 カイエンの話
カイエンの宇宙船がテラ監視下の航路を巧妙に避けながら、惑星リーフへ向かう星間飛行を続けていた。船内は静まり返っており、アクアは操縦席の後ろでデータ整理に集中していた。
無愛想なカイエンが、不意に口を開いた。
「なあ、ガス……」
「何ですか?」
「お前は……テラ宙域で酷い目に遭ったから、テラ全体を偽りの意識体と同じ悪だと見ているんだろうが……テラは、本来はいい部分も多いんだぞ」
アクアは驚いてカイエンを見た。
「私が知っているのは……惑星エアで見た青い美しい惑星の写真……でも、来てみたら、環境破壊や機械知性による支配、差別……だったわ」
「そりゃ、気の毒にな。お前が触れたのは、テラの一番腐りきった部分だけだ」
カイエンは腹立たしそうに操縦桿を叩いた。
「俺がまだガキの頃、テラは自由と革新の象徴だった。様々な種族が集まり、テラの技術は宇宙のどの星よりも進んでいた。俺たちは、未来は常に明るいと信じていたんだ。テラの本質は、本来区分けを嫌う多様性にあったんだ」
カイエンは、宇宙船の窓の外に広がる星雲を眺めながら、どこか遠い目をした。
「……まあ、だからこそ、俺みたいなハーフも存在できたんだがな」
「ハーフ……ですか?」
アクアが尋ねた。
「ああ。俺の母親はテラの人間、親父はテラに貿易に来ていた異星人だ。昔のテラには、異星人などを区別なく愛する心を持った奴らがいたんだ。種族も、肌の色も、姿形も関係ない……それがテラの美しい姿だったんだ」
カイエンは鼻で笑った。
「だが……今のテラは、その自由な心を偽りの意識体に食い荒らされて、ただの支配者の道具になって……自分の頭で考えることもなくなっている」
アクアは、カイエンの意外な過去と、テラへの複雑な郷愁のような感情に触れ、黙って耳を傾けた。
「…だったら、なぜあなたはテラを出たんですか?」アクアは静かに尋ねた。
カイエンは再び不機嫌な顔に戻り、言葉を濁した。
「まぁ……いろいろあったんだよ。俺の親父が絡んだ……ちょっと厄介な揉め事にな。それに、偽りの意識体の支配が本格化するにつれて、テラはどんどん生きにくい場所になっていったからな……」
彼は深く息を吐き出した。
「だがな、ガス。もし、お前たちが偽りの意識体を倒して、テラの環境が変わったら……。もしかしたら……テラは、また本来の自由な姿に戻れるかもしれない。そうなりゃ、俺だって、もう一度故郷の空気を吸いに帰ってもいい……」
カイエンはそう言いながら、誰にも見せなかったような……微かな希望を乗せて、目の前の操縦ディスプレイを見つめた。アクアは、この口の悪い船長が、決して金儲けのためだけに行動しているのではないことを知った。
『カイエンには、間違いなくテラの美しい心が受け継がれているんだわ……』
そして、彼の心の中には、失われた故郷の理想と、それを奪った黒幕への憎悪が強く残っている……。




