第二十一話 短縮ルート 第二部
小型宇宙船がドックを出てすぐ、カイエンは不機嫌そうに船室の壁を叩いた。
「てめえら、しっかり掴まっとけ。ここからイオまでは、通常の三分の二の時間でぶっ飛ばす……俺の短縮ルートを使うからな」
アクアは操縦席に身を固定しながら、ナギに視線を送ると、ナギも不安そうに頷いた。
船がテラ宙域を離脱し、星間の暗闇へ針路を取ると、カイエンは一つのスイッチを押した。船の周囲の空間が、虹色に歪み始めた。
「これが短縮ルート……?」
アクアが尋ねると、カイエンは低い声で答えた。
「ああ。恒星間の空間には、光速を超えないための位相の歪みがある。俺の船は、テラ以前の古代技術でその歪みを一時的に折りたたむ。慣れてねえ奴は吐き出すぞ。その代わり、イオまではあっという間だ」
船体は激しく振動し、アクアは自身が気体であることを忘れるほど、重いGに押し付けられた。胸元の起源の石は、その危険な空間の歪みに反応してか、微かに脈打つような振動を続けていた。
激しい移動は、すぐに終了した。船体が元の空間に戻ると……目の前には懐かしい惑星イオの黄色い大気が広がっていた。
イオの空港に着陸すると、アクアはすぐに空港のカウンターに向かい、磁気嵐で不時着時に支給された保護スーツを返却した。イオの過酷な環境に身を晒せないため、アクアはそのまま空港の待合エリアで待機した。
胸元の起源の石は、ナギと別れて再び孤独になる不安を感じ取り、微かな冷たさを帯び始めていた。
「チッ、ガス。お前さんとは、ここまでだな。俺は次の航路がある。ナギを惑星エアまで運んで、さっさとこの借りを終わらせるさ」
カイエンはそう言って、次の離陸許可を求めて管制塔と連絡を取った。
「じゃあね、アクア。私はすぐに惑星エアに向かうわ。古代の文献や化粧品製造の記録を漁って……あの鉱物の微粒子の正体を必ず突き止めるわ。大変な調査になりそうだけど、また連絡するね」
「うん、ナギ。無理しないでね。私も長老とファズから、この微粒子がなぜ黒幕に恐れられているのか聞いてみるわ」
二人は、次に会う時までの健闘を誓い合った。
アクアが待合エリアで別れを惜しんでいると、長老とファズが空港の特別ゲートを通って近づいてきた。
長老は、アクアの姿を見るなり、深々と頭を下げた。
「アクアよ、ファズを救ってくれて、本当に感謝しておる……ありがとう。お前のおかげで、我々はテラの偽りの支配から解放されたのじゃ」
ファズも傍らに立ち、複雑な面持ちで頭を下げた。
「私の過ちは消せないが、これからの調査には全力を尽くします。アクア、本当にありがとう。私に出来る事があれば、何でも言ってください」
長老はすぐに本題に入り、小さなケースを開けた。
「お前がテラ宙域で負った傷と、これから負うであろう危険を考え、我々からお礼の品を贈呈したい」
長老が示したのは、空港支給のものとは比べ物にならない、淡いブルーで透き通った高性能な保護スーツだった。
「これは我々の古代の技術を応用したものだ。イオの重力軽減はもちろん、周囲の硫黄ガスの粒子を完璧に制御し、お前の高速移動をさらに助けてくれるはずじゃ。受け取ってくれるかのぅ」
新しい保護スーツを装着したアクアは、以前のスーツに比べて、全身が軽い浮揚感に包まれているのを感じた。
長老は真剣な顔つきに戻り、アクアに調査協力を申し出た。
「お前が探す鉱物の微粒子じゃが、我々の村の歴史書によると、それは古代において生命の力を増幅する物質として扱われていたという。しかし、ある時を境に天然物は忽然と姿を消し、現在ではその成分を模した合成品しか出回っておらん。これは、微粒子がただの物質ではないことを示唆しておる」
長老は、村の歴史書の一節を示した。
「微粒子が採掘されていた場所は、村の者たちが大地の窪みと呼んで恐れている……硫黄ガスの濃度が極端に高い古の採掘場じゃ。我々も微粒子がなぜ枯渇したのか、そして黒幕がなぜ恐れるのかの理由を探っておる。最初の調査協力として、その採掘場の記録と、枯渇の真実を、村の古老たちから聞き出してはくれまいか。最も詳細な記録が、かつてイオの友好惑星であった惑星リーフに保管されているという情報も掴んでおる」
「長老さま、ありがとうございます……私だけでしたら、どこに行けばいいのかさえ分からないところでした。さっそく向かいます……」
アクアは、新しいスーツと、長老たちからの信頼という希望に力を得て、胸元の石が微かに温もりを取り戻すのを感じた。孤独な戦いは終わった……今は仲間として認めてくれた長老や村の人たち……そして親友ナギを信じ、このイオで、黒幕を倒すための最初の鍵を探し出すのだ。




