第十八話 テラ宙域へ
小型宇宙船が時空の歪みを抜けると、目の前に広がったのは、これまでの星系とは全く異なる景色だった。
無数の星々が、まるで巨大な黒い影に覆い隠されているかのように見えた。テラ宙域の境界には、不可視のエネルギーバリアが張り巡らされており、侵入者に対する強烈な警告を発している。空間自体が重く、まるで周囲の光と情報を吸い込んでいるかのようだった。
「これがテラ宙域か……」
アクアは息を飲んだ。これまでのナギの情報から想像していた、支配と純粋を掲げる星の雰囲気が、空間そのものから感じ取れた。
「見てみろ、気体生物。あれが……テラが嫌われる理由だ」
カイエンは静かに言った。
「この宙域は、テラ独自の対異星人防衛システムに支配されている。少しでも不審な動きを見せれば、すぐに排除されるぞ」
カイエンは操縦桿を握り、船をファズの大型宇宙船の航行跡に沿って進ませた。ファズの船は、テラ宙域を突破するために、最も危険だが予測されにくい、宙域の薄い防衛ラインを選んで航行しているようだった。
「ナギ、ファズの動きは?」
アクアが尋ねた。
「捕捉したわ。彼はテラの中枢、原初の塔へ向かっているようね。そして彼の目的は、塔に設置されている古代の時空修正装置よ。彼が装置を作動させる前に、阻止しなければ……!」
カイエンの小型宇宙船は、ファズの大型船と比べれば豆粒のようだったが、その機動力でファズの後方を猛追していた。
「あいつの船は、さすがテラの防衛システムを警戒しているな。速度を落としてやがる」
カイエンが言った。
「その船なら、あの大型船の警戒網に引っかからずに、中枢へ近づけるはずよ。アクア、ファズへ直接、メッセージを送ってみてくれる?説得できるかもしれない……最後のチャンスよ」
ナギが提案した。
「ええ、わかったわ。やってみる……」
アクアは返事をした。
「気体生物、余計な手間をかけるなよ。俺はあんたの依頼通り、最短で扉を開けるのが仕事だろ。あとは、知らねえぞ」
カイエンが横目でアクアを見た。
「はい、カイエンさん。ご忠告ありがとうございます。でも、この通信は、必要なことなんです。お願いします。」
アクアは、カイエンへの不満を飲み込み、丁寧な言葉遣いで返した。
アクアのデジタルメッセージが、暗号化されてファズの船へ送信された。
数秒後、ファズから短い返信が届いた。それは、データではなく、アクアの意識に直接語りかけるような、ファズ自身の声だった。
『アクア、私を追ってきたのか……無駄なことはやめろ。お前の持つ石は、不完全な時空の修正しか生まない。全てを救うには、原初の塔の装置が必要だ。私は立ち止まれない。私を止めたいなら、原初の塔に来い』
その冷たい返信には、悲痛なほどの使命感と、アクアへの決別の念が込められていた。
ファズからの返信を受けた直後、船内の轟音が掻き消されるかのように、アクアの意識に、以前と同じ静かで巨大な声が響き渡った。それは、テラ宙域の重く歪んだ空間を介して、時空の真実を告げる、意識体からの接触だった。
『……来たのか、アクア。その道は、お前が選んだ道か……』
アクアは心臓が凍り付くのを感じた。
「この声は……意識体?」
カイエンが鋭い目つきでアクアを見た。「どうした、気体生物?ぶつぶつ……何をぼやいている?」
『テラは、時間を支配しようとした。ファズの願いは、そのための道具にすぎない。あの塔の装置は、お前が持つ起源の石を組み込まなければ、永遠の虚無を生み出す。』
「虚無……?」
『……お前が持つ石を、ファズに渡してはならない。渡せば、テラの望む純粋な時間が完成し、お前たち、そしてイオの時間は、完全に消滅する。ファズは、その事実に気づいていない……』
意識体の声はそこで途切れ、テラの防衛ドローンの警告音が船内に響き渡った。
アクアは、ファズの願いの裏に隠された、テラによる恐るべき陰謀と、起源の石の真の重要性を知った。『ファズは……何かに操られているんだわ……』
「ファズの船が加速したわ!メッセージと、あのノイズ…!本気で振り切りにかかったようね」
ナギが焦ったように言った。
カイエンは操縦桿を力強く握りしめ、顔を上げた。
「もう説得も、余計な通信も終わりだ。ここからは、ただの追いかけっこだぞ、気体生物。テラの防衛システムが本格的に活動し始める前に、あの塔に突っ込むしかねえ!」
カイエンは小型船のエンジンを最大限に噴射し、ファズの大型船が残した航跡を正確になぞった。
その時、テラ宙域の奥から、三機のテラ製ドローンが、猛烈な速度で小型船に向かってきた。
「ドローンよ!テラ側の歓迎ね!」
ナギが警告した。
「無視しろ。ドローンは俺の獲物じゃない」
カイエンは、ドローンの迎撃すらも無視し、ひたすら原初の塔を目指した。
アクアは、胸元に仕舞った起源の石に手を当て、強く決意した。
『ファズ、私はあなたを止め、そしてこの石を守らなければならない。あなたや誰かの方法ではなく、私たちが選ぶ道で!』
小型船は、テラの防衛ラインと三機のドローンを引き連れながら、テラの中心部、原初の塔へと一直線に突き進んでいった。
[航行記録・特記事項]
宙域名称: テラ(防衛区域)
特記事項:
・空間の歪み: この宙域全体が、テラの古代技術による時空制御の影響下にある。空間の流動が予測不能で、通常航行のAIは機能不全に陥る。
・防衛体制: 侵入者を排除するため、不可視のエネルギーバリアと自律型ドローンが絶えず監視している。
・環境特性: 空間が重く、周囲の光と情報を吸い込んでいるかのように見える。これは、テラが外部の干渉を嫌い、『純粋な時間』を守ろうとする支配の意思が空間そのものに刻まれているためである。
・危険度: 極めて高い(帰還率 0%に近い)。




