第十六話 短縮航路
ワープの残光が消え、大型宇宙船は赤色矮星のハブ空港宙域にたどり着いた。船体は限界を迎え、メインエンジンからは煙が立ち上っている。ナギの高速航行プログラムによって、まさに一回限りの使い捨てとなってしまった。
「アクア、無事ね!すぐに、そこから降りて……乗り換えよ!」
「わかったわ、この宇宙船は、どうするの?」
「船内のエネルギーが尽きる前に、遠隔操作で廃棄用ドックへ送るわ。アクアは赤色矮星の管制塔へ向かって」
ナギの指示する声が、通信機から聞こえてくる。アクアはコックピットを飛び出し、ドック内の輸送用ハッチへ向かった。
「今の間に知らせておくわね……アクアが赤色矮星へのワープ中に、ファズの信号を傍受したの。彼は今、時空の歪みの目前の位置にいるわ……ワープが成功したことで、彼とはもう目と鼻の先の距離になったのよ」
アクアは息を呑んだ。『すぐそこにいる……私が一瞬でもためらえば、全てが終わってしまう……』
「そんな、すぐそこに!?」
「そうよ、でも追いつく方法は一つしかないの。通常の航路では、先を行く彼の大型宇宙船が時空の歪みに入る方がわずかに速い……だから、ベテランパイロットが必要なの」
「ベテラン?」
「ええ。赤色矮星には、短縮ルートを知るパイロットがいるはずよ。通常の航行技術を遥かに超えた、優れた経験と直感が必要なの。あなたが今すべきことは、そのベテランパイロットを見つけ出し、ファズより先に歪みに入ることよ!」
アクアは赤色矮星のハブ空港の喧騒を通り抜け、ナギが指定した情報交換の場所へ向かった。人々の間を縫うように歩きながら、『一秒でも早く……この喧騒の中に、ファズを止められる唯一の希望がある』と焦りが募った。それは、ハブで最も賑わう、名物料理を提供する巨大なレストラン アウター・リム・グリルだった。
店の奥の静かな席で、噂のパイロットであるカイエンが座っていた。彼は、テラの人間と異星人の血が混じった混血種だ。体表は人間的な肌を持つが、手足の骨格には異星の固体生物らしい特徴的な岩石質の突起があり、深く暗い瞳は鋭い光を放っていた。目の前には、赤色矮星の名物であるガス星系風味の煮込みが手付かずで置かれていた。
『この人だ。彼の纏う異質な雰囲気が、普通ではないパイロットだと教えている……』
アクアはためらうことなく、カイエンのテーブルに近づき、話しかけた。
「失礼します、カイエンさん。いきなりで申し訳ないことですが……テラへの短縮航路を航行出来るパイロットを探しています。しかも腕利きの……あなたはテラへの航路をご存じですか?」
カイエンはグラスを置き、アクアを見上げた。
「テラ?ああ、知っているさ。短縮航路は危険だぞ。まぁ、自慢じゃないが、俺の右に並ぶヤツはいないだろうな。あんたの真剣な目を見ていると……どうやら、金目当てじゃないようだな」
「はい、事情があって……とても急いでいるんです。どうか、お願いします」
アクアは、状況の切迫感をそのままカイエンに伝えた。
「時空の歪みへ向かっているファズという人物を、歪みに入る前に止めなければなりません。彼の宇宙船はもう目と鼻の先の位置にいるそうです。あなただけが知る短縮ルートで、彼より早く歪みへ案内していただきたいのです。料金は、言い値で結構ですので、よろしくお願いします!」
カイエンは、アクアの言葉を一言一句聞き逃さなかった。アクアの強い決意と、背後にある、時空の歪みの脅威を瞬時に理解したようだ。
「フン……わかった。そんなに急いでいるのなら、無駄話は不要だ。あんたの熱意に免じて……俺がテラへの扉を開いてやる。だが、これは片道切符だ。俺の船に乗ったら、もう後戻りはできないぞ」
カイエンは手付かずの煮込みをそのままに、素早く席から立ち上がった。
「来い!船はドックの外に隠してある。時間がないんだろ!」
「は、はい!ありがとうございます!」
『よかった!これで間に合うかもしれない……!』心の中で安堵の息をつきながら、アクアは迷わず、カイエンの背中を追った。




