第十五話 高速航行
「惑星エア行き、最終ゲートへの搭乗を開始します。惑星リーフ行き貨物宇宙船、間もなく離陸……」
テラの名前はどこにもない。アクアは、修理を終えたばかりの長距離用大型宇宙船の前に立った。ファズが使っていたものと同型で、圧倒的な存在感がある。
通信機からナギの声が聞こえた。
「アクア、修理は完了したのね。すぐに乗って出航できそう?」
アクアは大型宇宙船を見上げて言った。
「ねぇ、ナギ。この宇宙船で大丈夫なの?こんな大きな宇宙船で、あの時空の歪みを突破できるの?」
「ええ……いえ、やっぱりダメだわ……この大型船は耐久性はあっても、小回りが利かない。それに、アクアは機械オンチでしょう?」
「私の機械オンチが……何の関係が……?」
「大型宇宙船の装置は、完全な自動運転はできないのよ。特に、手動で長距離ワープ装置の操作なんて……素人には無理だわ……」
ナギは困ったように言った。
「じゃあ、どうすればいいのかな?小型船は無理かな?」
アクアの質問にナギは一呼吸置いて、声を落とした。
「……そうね……うん、そうだ!作戦を二段階にするわ。アクア、よく聞いて。この大型宇宙船を、最初のワープにだけ使うのよ!そして、操縦は私がやるわ!」
「えっ、ナギが?エアから遠隔で?」
「そうよ。この大型船のワープ装置は手動での超精密操作が必要で、機械オンチのあなたには無理。だから、私が管制塔に接続した状態で……遠隔でワープ操作と高速航行プログラムの制御を請け負うわ。ただし、遠隔操作には、わずかなタイムラグが発生するの。私が開発したプログラムを、遅延がある状態で制御するのは……勝つか負けるかのギャンブルになるわ」
「うわぁ、専門用語多すぎるよ。それに……何とかっていうプログラムも、安全なの?」
アクアの軽口でナギの声に、強い不安が混じった。
「……正直言って、安全ではないわ!このプログラムは、エンジンの安全リミッターを一時的に解除して、通常出力の二倍を強制的に引き出すものよ。使用できるのは一回限り。もし途中で停止すれば、宇宙の塵になるわ……」
「また……さっきよりもひどい専門用語の嵐になってるよ。落ち着いて、ナギ。私に分かるように簡単に説明してみてよ」
ナギは深呼吸をした。
「ごめんなさい。つまりね、この船のエンジンを、一回だけ、爆発ギリギリまでスピードアップさせるの。そうすれば、ファズに一気に近づける。……でも、たぶん船はそこで壊れてしまうから……赤色矮星R-11に着いたら別の小さな宇宙船に乗り換える。これが作戦よ」
アクアは、ナギの天才的な発想の転換と技術の裏に潜む絶大な危険性を理解し、身が引き締まるのを感じた。
「じゃあ、私は何をすればいいの?」
ナギは真剣な声に戻った。
「あなたは操縦席で私の目と耳になって。そして、テレパシーを使うのよ!船が崩壊しそうになったら、通信機の指示を待たずに、私に船の悲鳴を直接送って。……さらに、重要な計器の数値を正確に読み上げて!私には、AIからリアルタイムで運転の自動修正報告が入るけど、あなたの感覚と数値がないと、AIの修正をタイムラグなしで予測できないから……これが成功の鍵よ!」
アクアはその作戦に同意した。
「わかったわ、ナギ。大型船でR-11まで一気に飛び、小型船に乗り換える。必ず成功させましょう!」
ナギは、解析した赤色矮星R-11までの最適ワープ航路をアクアのスーツシステムに送信した。
アクアの目的地は、故郷エアへ帰る道、交易星リーフへ向かう道、そして禁断の地テラへ向かう道。アクアの頭の中には、この三つの選択肢があった……が、二つを振り払った。
「ナギ、目的地は赤色矮星R-11を経由した時空の歪みに設定するわ。私はイオへの恩返しのために、ファズを追う事に決めたわ!」
アクアは、大型宇宙船のコックピットに乗り込んだ。計器類が光り、自動操縦AIが航路をロックする。
「待っていて、ファズ。私は、あなたの願いと宇宙のバランスを両立させる鍵になるから!」
大型船のエンジンが、低く不穏な唸りを上げ始めた。
「起動するわよ、アクア!全神経を船に集中して!」
遠く離れた管制塔から、ナギの緊張した声が通信機と同時に、アクアの意識に直接流れ込んでくる。
アクアは目を閉じ、起源の石を強く握りしめた。船体の外殻の隅々まで、振動と熱を感じる。ナギの感情……恐怖と決意が混じった波も、タイムラグなしに伝わってきた。
「出力、規定値の1.5倍!」
「船体、軋みを確認!」
「アクア、異常な振動は!?」
ナギはAIの報告を受けながら、アクアのテレパシーに問いかける。
『大丈夫、まだ持ちこたえられる!船体の金属が悲鳴を上げているけど、コアは安定しているわ!』
アクアは焦りながらも、状況をナギに伝え続けた。
一瞬の間があり……ナギは最終プログラムを起動した。
「行くわよ、アクア!……最終出力、……二倍!……臨界点……突破!」
その瞬間、船体全体が溶けるような高熱を帯び、アクアの保護スーツのセンサーが次々と警告音を上げ始めた。宇宙船は、激しい振動で……今にもバラバラに分解しそうだ。
『ナギ!熱が!コア温度が赤になったままだわ!』
「分かってる!あと一秒!……その熱を、私に送って!」
ナギの意識は、荒れ狂う嵐のようだった。ナギは、テレパシーで感じた船体の崩壊寸前の感覚を、遠隔操作のタイムラグを埋めるための予測の警告として利用したのだ。
そして、ワープ装置が限界を超え……。
船は空間を突き破るような強烈な閃光と轟音に包まれた。それは、時間と空間が引き裂かれるような、圧倒的な光の渦だった。一瞬で、イオの空は消え失せ、大型宇宙船は宇宙へと姿を消した。




