第十二話 隠された歴史書
長老がアクアを案内したのは、家の奥にある水が淀んだ池の、更に地下深く、隠された空間だった。そこには、光を吸収する特殊な岩壁に囲まれた小さな部屋がある。部屋の中央には、水の膜で覆われた巨大な水晶板が静かに浮かんでいた。
「これこそが、わしらの祖先が遥か遠い古代から書き残してきた、真の歴史書じゃ。」
長老は水晶板を指差した。
アクアは目を凝らしてその水晶板を見た。水晶板に刻まれているのは、液体生物の身体の色(点滅)を記録したものではなく、古いテレパシーの波形を固形化した記録だった。
長老はアクアの保護スーツに、水晶板のデータを読み取るための古代の翻訳装置を接続した。やがて、アクアの脳内に、遥か昔の液体生物の意識が、直接流れ込んできた。
【水晶板の記録】
……我らイオの祖先は、宇宙の誕生当時からここに在る。この星の地層深くに眠る鉱石は、宇宙の初期成分をそのまま閉じ込めている。我々は、その豊かさが外宇宙の種族の欲を招くことを知っていた。その事実を意図的に隠し、科学的な発展をあえて抑えてきた。我々は略奪や争いを好まなかった。……
……我々をはじめ宇宙の全ての生物の間に古くから伝わるテレパシーは、嘘や隠し事が一切できない、真実を伝える唯一の手段である。この能力があったからこそ、イオは多様な生命体が豊かな自然を楽しむ観光地として、長きにわたり平和を保てたのだ。……
記録が切り替わると、今度は、アクアの心に悲しみと絶望が流れ込んできた。
……平和は脆かった。全てを壊したのは、外部の敵ではない。我々の間から現れた一体の欲深い液体生物だった。その者は、長老の座を利用し、地底に隠されていた天然鉱物や起源の石の存在を外部に漏らし、超高値で売却し始めた。……
……その者は、自分の不正な計画を隠すため、まずテレパシーの使用を禁止し、教えることすらも重い罰則を設けた。言葉や文字は偽ることができるが、テレパシーは嘘を許さないからだ。こうして、争いの時代が始まる頃には、テレパシーを使える者はほとんどいなくなり、争いを避けるための古くからの知恵や英知も途絶えていった。……
……この行為が外宇宙の種族の貪欲な略奪を招いた。資源を守るのは非常に難しかったが、文明が崩壊するのに時間はかからなかった。守るのは難しいが、壊れるのは速い。我々、真実を知る者は、未来の世代が再び真実を取り戻せるよう、秘密裏にテレパシーを守り続けることを決意した。……
歴史書はそこで途絶えていた。アクアは、長老たちが嘘を許さないテレパシーを危険を冒してまで守り続け、必要な時のために備えていたことを知った。
長老は、静かに言った。
「その通りじゃ。わしら一族だけが、未来のためにテレパシーを守り続けてきたのじゃ。そして、キラリに振動波の発声を教えていたのも、わしじゃよ。いつか外部の者と協力し、真実を伝えなければならぬ時が来るかもしれぬと、ずっと備えておった」
アクアは長老の深い覚悟に胸を打たれながらも、古代の意識体からのメッセージを反芻してみた。
(ファズは、正しい道を選んだ。彼を追え。)
『正しい道……それは、イオの祖先が選んだ平和な道と同じ意味なのだろうか?いいえ、違うかもしれない……』
アクアはハッとした。宇宙の様々な星や種族の知識を学んでいる彼女にとって、『正しい』という言葉は、絶対的なものではなかった。肉食動物にとっての狩りは生きるための正しい道であり、草食動物にとっての逃走もまた正しい道だ。
『正しい道とは、誰かの立場を否定することではない。この広い宇宙では、立場や時、星の文化によって、正しい答えは変わる。古代の意識体が求めているのは……絶対的な平和ではなく、宇宙全体の自然なバランスを保つことだわ。イオの祖先が守りたかった自然との共存こそが、そのバランスなのかもしれない……』
アクアは、強い意志を込めて長老を見つめた。
「長老さま。この石が、再びイオの悲劇を繰り返す道具になるのか、それとも平和への鍵となるのかは、私にかかっているのかもしれません。もしかしたら、古代の意識体が、私をバランスの道へと導いているのかもしれません。どうか、私にその鍵(起源の石)を託してくださいませんか」
アクアの言葉を聞いた長老の体表が、決意を示す澄んだ緑色に輝いた。
「分かった。そなたの持つエアの知識と、イオの古代の知恵が合わさった時、時間軸が動くのかもしれん。修理が完了するまで、この部屋の記録を自由に見て構わぬ。そして、その起源の石に秘められた真の力を理解するのじゃ」




