第十一話 託された想い
空間移動を終えたアクアは、急いで村へと降り立った。長老と嬉しそうに点滅しながら駆け寄るキラリがアクアを出迎えた。
「アクア、無事に戻ってきたか……安心したぞ!」
「長老さま、キラリ。ただいま戻りました」
その直後、村の上空に小型の無人機が静かに現れた。これは、アクアが街のドロール商会に依頼した特殊繊維を積んだ自動配達機だった。
無人機は、村の周囲を覆う濃い硫黄の蒸気を避けながら、村の境界ギリギリの安全な空域にホバリングした。機体の底面からは、高温の地面に触れることを避けるため、耐熱性の細いアームがゆっくりと伸びた。アームの先端には、依頼された特殊繊維の束がしっかりと固定されている。
長老が村の境界線まで進み出ると、ドローンはセンサーで液体生物に近づきすぎないよう、慎重にアームを下げた。長老は、アームに触れることなく、自分の身体の先端を巧みに使って繊維の束を受け取り、素早く村の内部へと運び入れた。
役目を終えた無人機は、音もなくアームを格納し、硫黄の蒸気に遮られる前に、来た時と同じ速度で空の管制エリアへと飛び去っていった。
長老は繊維を軽くポンポンと叩きながら、深く頷いた。
「これで次の乾期も乗り越えられる。本当に感謝するぞ、アクアよ」
「長老さま、この繊維はどのような仕組みなのですか?」
長老は繊維を指先で少しだけ触れた。
「この特殊な繊維は、イオの硫黄熱と大気の成分を効率よく捉え、それを微弱な重力安定エネルギーに変換してくれるんじゃ。重力が変化する乾期……我々液体生物の身体の流動性を保つために必要不可欠なものなんじゃよ」
アクアは感心しながらも、すぐに深刻な表情になった。
「長老さま。お買い物以外にも、緊急で報告しなければならない極秘の情報があります。すぐに、二人きりでお話しさせてください」
長老の家に戻ると、アクアは先程ナギから受け取った高周波音声ログのデータを長老に提示した。
「長老さま。私が村へ戻る途中、私のスーツが謎の音声信号を拾いました。故郷のナギが遠隔で解析したところ、それは、身体を持たない古代の意識体からのメッセージのようでした」
アクアが、低速化された音声メッセージを長老に聞かせると、長老の体表の色が、驚きと畏怖を示す複雑なパターンに変わった。
『……ファズは、正しい道を選んだ。彼を追え。しかし、己の時間軸を、見誤るな……』
長老はしばらく沈黙した後、静かに言った。
「そうか……やはり、その古代の意識体はまだ存在していたか。我々がテレパシーを封印した後も、この星の行く末を見守っておったか……」
「この意識体は、ファズさんの旅を正しい道と断言しました。そして、起源の石が鍵になると……」
長老は目を閉じ、しばらく考えてからアクアに尋ねた。
「分かった。その意識体からのメッセージは重く受け止めよう。して、宇宙船の修理の状況はどうじゃ?ファズに追いつくには、いつ頃出発できそうじゃ?」
「空港のエンジニアによると、メインエンジンの修理は順調ですが、まだ三日から四日はかかるとのことです。修理完了まで、動けません」
アクアは、長老に尋ねてみた。
「その間に、長老さまにテレパシーで、ファズさんから新たな連絡はありませんでしたか?」
長老は首を横に振った。
「残念ながら、一度惑星テラの名を告げて以来、ファズからの通信は途絶えておる。よほど危険な宙域に入ったか、あるいは彼自身が通信を断っているかのどちらかじゃろう」
ファズからの連絡がないことを確認し、アクアは決意を新たにした。
「分かりました。では、修理完了までの三日間、私が出来ることを探します。長老さま、何か、この村の古代の歴史や技術について、私が調べておけることはありませんか?その意識体が言った鍵の意味を理解するヒントになるかもしれません」
長老は微笑み、アクアを部屋の奥へと誘った。
「うむ。そなたの探究心こそが、イオとエアを結ぶ新たな道を開くじゃろう。では、わしの知る限り……古代からの記録を、そなたに見てもらおう。恐らく、宇宙中の図書館にも存在しておらぬ……液体生物が書き残した、このイオの真の歴史書じゃ……」




