真実を報告しないという選択
「すみません。グラハムさんはいらっしゃいますか?」
再び訪れた“鍛冶屋グラハム"は、先ほどと同じようにエルナがカウンターの奥に座っていた。
「今、裏にいます。」
「ありがとうございます。」
俺たちは揃って裏手に回ると、薪割りをしているグラハムに近づく。まだ気づいていないのか、柄の長い薪割り斧が真っ直ぐに振り下ろされ、薪が分かれて積み上がる。
「グラハムさん。」
「…また来たのか。」
「すみません。確認したいことがありまして。」
「なんだ?」
カイルは盗賊退治に行く時なんかは、中ぐらいの盾を持っていくらしい。今日は、片手剣を腰に差しているだけだ。
「事件の時、エルナさんは表に出てないって言ってましたよね?」
「そうだ。」
こちらを向いたグラハムに対し、俺は街道を向く振りをしながら半身になる。左側を隠すように。カイルは俺のすぐ右にいる。
「…現場にあった血の跡なんですけど、転んでついたにしては妙にまとまりが良いんですよ。まるで、上から押し付けてたみたいに。」
俺の左手は、もうずっと光ってる。
「魔法、使ってますよね?」
答え代わりに、目に宿る殺意がわかる。言い終わるかどうかのうちに、斧が下から振り上がってくる。俺が右足を引くように後ろに下がるのと同時に、カイルが体をぶつける。斧は空を切ったが、グラハムの体勢を崩しきれていない。カイルが剣を抜くより速く、右手の斧がカイルの左肩に振り下ろされる。
「くっ…!」
苦痛に声を歪ませながらも、カイルは刺さった斧の柄を両手で掴む。
(動きが止まった!)
少しでもグラハムに直接当てようと、回り込むように手を伸ばしながら唱える。
「デヤル!」
真っ直ぐに向かった光は、2人の間で弾けた。押し出されるように、3方向に吹き飛ばされる。勢いを止め、すぐに立ち上がったつもりだったが、顔を上げた時にカイルは既にグラハムに向かって走り出していた。剣を抜く姿を追うように後に続く。グラハムは倒れたまま立ち上がって来ない。カイルは斧を持った腕を踏みつけ、遠ざけるように投げる。
「魔法を解いて大人しくしろ!」
組み合った時に触られていたようだが、それを感じさせない速やかな対処だった。数十歩ほどの距離を置いたまま、俺は立ち止まる。
「ク…ソが…」
意識はあるが、ダメージは大きいらしい。襲われた以上、衛兵に伝えれば拘束してもらえるはずだ。俺が縛るものを探そうと店の方を向くと、いつの間にかエルナが立っていた。震えた手はこちらに向けられている。まずい、と思った時にはもう、すべてが重くなっていた。左手を向けようとして、途中で気づく。エルナは、武器を持っていない。
「もう、やめてください。」
涙は溢れていなかったと思う。でも、声は明らかに泣いていた。
「私が殺しました。だから、もうやめてください。」
騒ぎを聞きつけて来た衛兵は、依頼主のエドガルだった。ボロボロのグラハム、隣で泣くエルナ、剣を抜いたままのカイル。何が何だかわからないだろう。
「一体、何があったんだ。」
犯人と鉢合わせたのは、エルナだった。逃げようとする犯人を追って店を出た直後に魔法を使った。ただ、足を止めるために。時間を稼ぐために。だが、犯人は鉄粉の石畳のせいで足を滑らせた。前傾姿勢で重くなる位置に飛び込んだから、頭が思い切り打ち付けられた。マーレクが見たのはその直後だろう。グラハムは状況をエルナから聞き、すぐに詰所に通報させた。他人から伝わるより、信用を得られると思ったんだろう。自分で行かなかったのは、死体を確認し、証言を作るため。こうして、食い違う事故死が出来上がった。
でも、それは悪いことだったのか?このままエドガルに報告すれば、グラハムとエルナは虚偽報告と俺たちへの暴行が認められて捕まるだろう。殺人も含まれるのかも知れない。でも、そんな罰を受けるほど、罪を犯したと言えるのか?
「俺が魔法を発動して、みんなを吹き飛ばしてしまったんです。」
間違っている。その感覚に従うことを決めた。
「…カイル、だったか?肩の服が破けてるな。剣を抜いているのは襲われたからか?」
「いや、違います。吹き飛んだので、拾ったんです。怪我も無いでしょ?」
問い詰めた後、どうするかまでは話していない。それでも、俺の話に合わせてくれるようだ。
「なら、2人とも詰所まで来てもらおう。」
「待ってくれ。」
グラハムがゆっくりと立ち上がる。
「大したことじゃ無いんだ。俺がふざけて脅すような真似したのが良くなかった。そのまま帰してやってくれ。」
「…いざこざが無いなら、衛兵の出る幕は無いな。だが、次に騒ぎを起こしたら引っ捕らえるからな。」
「はい、すみませんでした。」
エドガルが去って、最初に口を開いたのはグラハムだった。
「なんでだ。」
「…魔法の痕跡は無かった。それで良いと思ったからです。」
「…すまない。」
その声は、わずかに濡れていた。
詰所に報告してサインを貰う。後はギルドに報告すれば、今回の依頼は達成だ。エドガルは何か勘付いていただろうが、何も聞いては来なかった。もっと時間を食うかも知れないと心配だったが、明るいうちに出発できて良かった。
「ありがとな、カイル。」
「いーよ。別に悪い奴らじゃ無かったし。せっかく暴いたのにもったいねーとは思うけどな。」
「ギルド寄ったら服、買って帰ろうぜ。報酬で。」
「気にすんな。自分で買うから。」
「良いのか?」
「言ったろ?報酬は山分けだ。」
カイルが対策部門に引き抜かれたのは魔法があったからだ。でも、信頼を得ているのは、間違いなくこういうところだと思う。俺の方が貧乏ということもあるだろうけど。
「それよりさ、対策部門で組もーぜ!」
「え?」
「俺も色んなやつと組んでみたけど、お前みたいに気付けるやつは中々いないんだよ。魔法も使えるようになったし、また一緒にやろーぜ。」
「またって、組んだの最初の1回だけだろ?」
「細けーこと言うなよ。俺もどうせなら信頼できるやつを守りたいんだよ。」
「…考えとくよ。」
こうして誘われると、魔法の影響の大きさを感じる。どんな魔法が使えるかで、出来ることが決まってしまう。以前は、それが悲しいだけだった。でも今は、嬉しくもある。やっと、肩が並んだ気がするからだ。




