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その魔法は、まだ使えないままだった

 4人組の男が固まって現れたのも、ガタイのいいやつが大声で話すのも、注意を惹きつけ、この奇襲を成功させる為だ。しかもこの奇襲してきた男、音を消す魔法を使っている。耳鳴りも聞こえない異常な感覚の中、勝ちを確信した笑みを浮かべながら、3人の盗賊が一気にミナに向かって駆け出すのが見える。ミナはその場から動かない。引いたら挟撃を受けるだけだし、上に逃げてもダインがやられるからだ。ダインは奇襲してきた男から目を離すわけにいかない。恐らく俺と同じように何も聞こえていないからミナの状況もわからないだろう。見えるだけでは、全体の状況は掴めない。それでも、迫り来る危険だけは明白だった。このままだと、全員死ぬ。そう思った瞬間、体が勝手に動いていた。迫り上がる恐怖から逃げるように、俺は盗賊のいない方へ駆け出す。策も何も無い。ただ、ここにいたら死ぬという確信が、留まるという選択肢を覆い潰していた。この反射に、自分自身も困惑している。何をしているんだ俺は。傷を負ったまま、逃げ切れるわけが無い。どうせすぐ盗賊が追ってくる。

 (追ってくる?)

 唐突に思考が繋がり、俺は必死に走り出す。後ろを見る余裕は無い。ただ走って、辿り着くことを祈るしか無い。そして急に無音が晴れた。耳が足音を捉えた時、俺は確信を持って地面に膝をつく。

 (ここは、約5m!)

 俺が振り向いた時にはもう、2人の男が岩の板に吹き飛ばされていた。ダインが気付くかは賭けだったが、盗賊たちは、かなり慌ててくれたようだ。

 (これで残りは、ガタイのいいやつと、奇襲してきたやつだけだ!)

 「奇襲してきたやつは触ると音が聞こえなくなる!10秒ぐらいだ!」

 俺は痛みに耐えながら叫んだ。ミナに伝えることで、少しは勝つ可能性が高まるはずだ。

 「チッ!クソがぁ!」

 ガタイのいい男が斧を振りかぶったままミナに突進する。足は速く無いが、それは斧の威力が高いことを物語っているようだった。男は間合いを詰めると、ミナの手前の地面に向かい、目にも止まらぬ速さで斧を振り下ろした。土埃が空高く舞う。明らかに普通の力じゃ無い。身体強化の魔法か。顔を腕で隠しながら、思考を巡らす。なぜ地面を吹き飛ばしたのか、ミナが避けるとわかっていたからだ。つまり、狙いはミナじゃなくてダインの方だ。視界を遮ることで、ダインの魔法を受けることなく間合いに入れる。

 (まずい!)

 その時、真っ直ぐこちらに向かう、斧を持った男が見えた。狙いは、俺の方?なんで?いやそれよりどうする?ミナは多分上。ダインは土埃とまだ残ってる岩の板で見えない。迫り来る死があまりにもハッキリしているからだろうか。こんな時に、カイルの対策部門行きが決まった時のことを思い出す。

 「お前を連れて行くと、すぐ死にそうじゃん?変な銅像みてーな顔でさ!」

 「うるせー!どうせ死ぬなら満面の笑みで死ぬわ!」

 くだらねー。自分でもそう思う。でも、もう他に出来ることも無い。俺は敵に向かって左手をかざす。無意味に光る手でも、少しは俺の表情を明るく照らす気がした。口角を目一杯に上げ、最期の雄叫びを上げる。

 「どうせなら!笑って死んでやる!」

 言い終わるのと同時に、左手の光が増す。思わず目を細めると、増した光が分かれるように白い楕円を形取る。手のひらよりも大きなその楕円は真っ直ぐ敵へ向かって行く。

 (なんだ!?)

 虚を突かれた男は、それに向かって斧を振り下ろす。すると、楕円は弾け、衝撃を振り撒いた。その衝撃は斧を破壊し、土埃ごと男と俺を別の方向へ吹き飛ばす。

 何度か地面を転がり、勢いが止まった時、俺の目は空に向いていた。痛みに息を乱しながら、仰向けのまま顔を向けて確認する。左手は、淡い光を宿したままだった。見慣れた光のはずなのに、以前とは違うものを見ている気分になる。斧を持っていた男は数m先で倒れている。動きは無い。何が起きた?死んだのか?確かめようにも、体を起こすことが出来ない。

 「ダイン!」

 上から届くミナの声に応えるように板が隆起して足場になる。その隙に逃げようと最後の1人が背を向けたが、ダインが魔法を発動する方が速かった。しかし、タイミングを読まれていたのか、奇襲をかけた男はギリギリで板を躱し、そのまま走り去っていった。

 ダインはミナのためにさらに2回魔法を使用したところで膝をついた。降りてきたミナがダインの方へ走り寄る。

 「ダイン、大丈夫?」

 「腹を刺された。傷口を塞いだらひとまず村へ戻ろう。あいつは生きてるのか?」

 視線を寄越した2人と順に目が合う。俺は声を出す代わりに、弱々しく左手を挙げ、一応光らせた。

 「あいつも多分刺されてる。止血してやれ。」

 「うん。」

 その後、村へ戻るまで、ほとんど会話は無かった。俺はミナに肩を借りていたが、ダインはなんとか1人で歩いていた。同じような傷を受けているはずなのに。この歩みには大きな差があるように思えた。


 村に着いてすぐ、ミナが衛兵に状況を伝えた。これで、盗賊の捕縛や残党の捜索は任せられる。

 「この村に治癒士はいないんだ。馬車を手配するからギルドに戻った方が良いんじゃないか?」

 「そうですね。お願いします。」

 魔法ギルドに治癒部門があることは広く知られている。対策部門が荒事を引き受ける性質上、その設立理由と役割は明白だ。ギルドに戻れば、常に治癒部門の誰かしらに治してもらえるはずだ。

 「悪いが、現場に案内してくれるか?戻るまでに馬車の用意が出来るはずだ。」

 「わかりました。」

 ミナは目線で合図すると、ダインは手を挙げて応えた。ミナが戻って来るまでは待ちだな。そう思って一息つくと痛みが強くなった気がした。ふと、馬車が襲われた時の話を思い出す。今思えば、馬が言うことを聞かなかったのは、何も聞こえなかったからだろう。旅装束の男と、奇襲してきた男が同一人物なら、馬車を呼び止めるところからが奴らの手口だったと説明がつく。まぁ、衛兵が盗賊を尋問しない限りはわからないことだけど。


 ミナが戻ってすぐに、馬車でギルドに向かった。すっかり夜が更けていたが、夜勤の治癒士が対応してくれた。調査員である俺は治癒士にかかったのは初めてだったが、傷の近くに触れた途端、見る間に治っていく様は不思議な感じがした。程度や方法に差はあるが、治癒部門の外傷班にはすぐさま傷を塞げる魔法使いが集まっていると聞いたことがある。

 「夜中に来んなよクソが…」

 それはそれとして、治癒士はみんな口が悪いのか?小声のつもりかも知れないが、不満が全部聞こえてきて居心地が悪い。

 「なんか、すみません…」

 「チッ!終わったからさっさと行け!」

 「ありがとうございました!」

 急いで服を掴み、部屋を出る。治癒士、怖すぎ。二度と怪我はすまい。

 「リオス、ちょっといい?」

 俺が決意を固めてすぐ、ミナが話しかけてくる。ダインも一緒だ。

 「2人とも、今回はありがとう。おかげで命拾いしたよ。」

 俺はタイミングを逃さないよう、先にお礼を言う。

 「いや、こちらこそ護衛にも関わらず怪我をさせてしまってすまなかった。」

 ダインが頭を下げる。予想外の対応に驚いてしまう。確かに、護衛という立場からすると正しい姿勢なんだろう。

 「いや、生きてるだけ良かったよ。気にしないでくれ。」

 「良かった!じゃあいくつか聞きたいんだけど」

 (切り替え早いな!)

 そもそも気にして無かっただろ、と言いたくなるようなミナの会話の引き取り方に兄妹のギャップを感じる。足して2で割れば良いのに。

 「奇襲を受けてすぐに走り出したでしょ?あれは分かってて走ったの?」

 「…いや、ただ怖くて逃げようとしただけだよ。」

 「…ふーん。じゃあ、あの光の爆弾みたいなやつはなんだったの?」

 「わからない。でも俺の左手から出てたのは確かだよ。」

 2人の視線が痛い気がする。ありのままを話しているつもりだけど、まるで隠し事があるかのような返事になっていないか?

 「…まぁ敵の魔法じゃ無いなら、今回は良しとしようか。」

 やっぱり、何か察したみたいな言い方されてる。

 「とにかく、お前の行動で状況が好転したのは事実だ。助かったよ。正直、調査員は役立たずと思っていたが、お前の様に機転が利くやつもいるんだな。」

 真面目な顔で結構な悪口言ってるな、という思いよりも、認められたような嬉しさが勝つ。機転が利くというのは言い過ぎな気がするけど。

 「ただ、必死だっただけだよ。運が良かったんだ。」

 「…呼び止めて悪かったな。もう解散にしよう。」

 「じゃあ俺は帰るよ。2人ともありがとう。」

 「ああ。」

 「気をつけてね。」

 見送られながら、ギルドを後にし家路に着く。夜風の冷たさを感じながら光の爆弾について考える。もしかしたら、俺もカイルと同じように戦えるのかも知れない。その高揚感は、家に着くまで疲れを少し忘れさせた。

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