イッカク
朝日が差し込んでから、もう1時間は経っている。今のところ、後方まで下がってきたものはいない。ナンミ=ヴァルは攻撃してくる存在を蛇で調べるように必ず攻撃しに来る。その習性を活かし、弓矢を主体とした陽動が既に始まっているはずだが、俺は現状を何も掴めないままだった。空に弾かれた矢が見えたりしないだろうか。ふと、見上げると、山間に覗く圧倒的な違和感が黒く映る。誰かが指差し、ざわめきが大きくなっていく。そのざわめきを塗り潰すような轟音が耳に届く。ついに来た。距離は遠く、俺たちに出来ることは何も無い。だが、全員が黒の浮遊体から目が離せずにいた。蛇が1匹、また1匹と下の方へ伸びて黒い球の動きを鈍くしていく。蛇の頭が空中に戻らないところを見ると、作戦は順調に進んでいるようだ。何かしているわけでも無いのに、勝利に近づく感覚が胸を高鳴らせる。
「なんか、スゲーな…」
「ああ…」
護衛なので距離をとって周囲を警戒していたはずのカイルが近くに来ていた。だが、それを咎める気になれないほど目を奪われていた。蛇が全て地上に捕えられてからも、轟音は響いている。この前見た結晶に刺さって暴れている蛇を想像しながら眺めていると、音の違和感に気付く。段々と、大きくなっている…?
「カイル…この音…」
「全員下がれ!何か来るぞ!」
俺が身構えた先の木々の間から現れたのはシェルドと、それを追う空を泳ぐ大きなイッカクだった。シェルドは俺と目が合うと―正確にはリスの焦点がどこにあっているのかは謎だが―一瞬動きを鈍らせ、尻尾で弾くように横へ飛んだ。シェルドが離れた場所目掛けて、イッカクのツノが刺さる。と思いきや、胴体の半分程まで沈み込んでしまった。茶色い水のようなものが飛沫をあげ、俺たちに降り注ぐ前に土埃と化した。
「おい、シェルド!何が起きてる!?」
少し距離を取ってイッカクの暴れる尾鰭を見ているシェルドにカイルは迷いなく近づいていく。イッカクの周りの地面も元に戻っているようで、抜け出せないでいる。
「すまない!ナンミ=ヴァルに近付くコイツを引き離そうとしたらここへ来てしまった!コイツは私の輝くボディにご執心らしい!」
「輝くボディってなんだよ!」
「恐らく光に反応しているのだ!ナンミ=ヴァルに放った矢の照り返しに反応して来てしまったのかも知れない!」
確かに、くすみを知らない鉄のボディは土埃の中でもある程度の輝きを放っている。
「捕えたのか!?」
「私の作った沼に飛び込んでくれたが―」
シェルドが言い終わらないうちにイッカクは高速回転し、狂ったように穴を広げて飛び出した。回転が止まってすぐに、またシェルドに狙いを定める。
「手を貸してくれ!」
言いながら、シェルドは再び木々の合間へと駆けて行く。イッカクは木にぶつかりながら追いかけて行った。
「おい、どうする?このままじゃシェルドがやられるぞ!」
「追う気?私たちここの護衛だよ?」
「でも、ほっとけないだろ!?」
「落ち着け、2人とも。」
即座にぶつかり合ったカイルとミナをダインがとりなす。
「確かに関わりたく無いが、放っておくと次の獲物が俺たちになる可能性が高い。隙をつくなら今しかないが、無策で挑む気も無い。どうなんだカイル?」
「それは…アイツの武器はツノだろ?あれをぶっ壊せば追い払えるんじゃないか?な、リオス?」
「ほぼ丸投げじゃねーか!」
言いながら、悪く無い案だと心の中で思う。あのイッカクが俺たちの攻撃でどの程度傷つけられるのかわからないが、一番傷ついて嫌だろう部位は間違い無くツノだ。ヒビが入るだけでも引いてくれるかも知れない。だが、どうする。シェルドを追っているなら陽動は出来る。地面に埋まった時にある程度時間を稼げていたから短時間の拘束なら可能かも知れないが―ふと、周りを囲む背の高い木々を見て問う。
「ダインの板って何枚出せる?」
俺の思いつきは異様な速度で全会一致の可決を勝ち取った。すぐに口に出したのが俺だったというだけな気もするが、言い出しっぺ特有の緊張感を胸に、イッカク討伐作戦を開始した。
「シェルドーーー!!!」
ミナの3度に渡る呼びかけの後、遂に先ほど離れたはずの轟音が近づいて来た。木々に遮られてまだ見えないが、音はそう遠く無い距離だと訴えかけてくる。遠くに太陽を反射する光が見えたと思ったら、1本の木が傾いていく。葉が擦れる騒音の中から、躍り出たシェルドはミナの元へ向かってくる。
「今、沼で止めた!どうすれば良い!?」
「捕まって!」
ミナは飛びついてくるシェルドを片膝をついたまま抱きしめるように抱える。
「引き付けるからギリギリまで動かないで!」
言葉尻が聞こえるか否かで轟音が再び近づき始める。
(来る―)
全員の意識が集中する中、現れたイッカクはシェルドへ向かい真っ直ぐに突進してくる。もう止まれない。そう思った時、ミナとシェルドの姿は消え、替わるように岩の板が隆起する。ツノが刺さった板はそのまま上昇し、イッカクの体ごと持ち上がる。うめき声のようなものを上げるイッカクのツノは、高さ3m程で深く刺さったままだ。間髪入れずにツノの先端目掛けて2枚目の板が隆起する。1枚目で固定されたツノは逃げることも出来ずに2枚目の板にぶつかるはず、だったが、イッカクは高速で回転し始めた。1枚目の板が削られ緩むのと2枚目の板がぶつかるのはほぼ同時だった。ツノにぶつかった部分だけが、抉るように削られ、ツノにヒビは見つけられない。
(やっぱりダメか…?)
ダインが3枚目の板をイッカクの腹に当てた直後に、ミナとシェルドが1枚目の板の上に降り立つ。
「降りて!」
ぶつかったものを確かめる為なのか、止まった回転は2人が駆け降りるのに十分な時間を稼いだ。入れ替わるように木の上から飛び出したカイルは2枚目の板の上から狙いを定めると、鞘から半分程抜き出した剣の刃を立てるように引っ掛けてツノにぶら下がる。
「撃てっ!!」
恐らくこれ以上破壊力の出る攻撃はこちらには無い。同じく木の上にいた俺は、カイルの剣目掛けて魔法を放つ。壊れてくれ!
「デヤル!!」
斜め下へ向けて放たれた光は、岩の板の間で炸裂し、衝撃を撒き散らす。
「うぉっ!」
危うく木から落ちそうになる。体の一部が木に隠れていなかったらと思うとゾッとする。
(どうなった?)
俺が顔を出した先で、イッカクは痙攣しながら地に伏している。ツノは半分ほどの長さで砕け折れているのが見えた。作戦成功だ。砕けるとまでは思っていなかったが。徐々に沼に沈んでいくイッカクを見たところで、ひとまず降りることにした。
俺が地面を踏んだ時には全員が集まって頭だけが斜めに出ているイッカクを見ていた。
「素晴らしい連携だった!流石はギルド諸君だ!」
「スゲーでしょ!?こんなに上手くいくとは思いませんでしたけどね!」
シェルドの賞賛を受け、新しい血の跡がついたままのカイルは得意げだ。
「コイツ、全部沈めた方がいいんじゃないですか?」
「ああ、それなんだが…」
ミナの提案を聞いたシェルドは俺の方を見る。
「ここに沈めても、また復活する可能性がある。魔物はしぶといやつが多い、特にこの手のやつは。そこで、今のうちに君の光をお口の中にプレゼントしてはどうかと思ったんだ。光り物がお好みなようだしね。」
「アハハッ!そりゃ良いな!」
カイルは剣でイッカクの口を開けると俺に目線で呼びかける。ダイン、ミナ、シェルドは既に距離を取っている。俺は左手をかざし、トドメを放った。
「デヤル!」
内側から弾かれたイッカクの頭は周囲に血と肉片を撒き散らした。これでもう暴れようも無いだろう。少しの間を置いて、イッカクだったものは全て光となって霧散した。一息つきながら、吹き飛んだカイルに手を貸しにいく。
「俺もたまには血を流さずにカッコよく勝ちてーな。」
「次に期待だな。」
見事、魔物を1体仕留めた俺たちは、後方支援部隊の護衛へ戻ることにした。




