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救いの在り処

 「なるほど、そういうことでしたか。」

 俺たちはルシエと、ついてきたヴェラにドーウィンの不可解な点について話してみた。すると、先に口を開いたのはヴェラの方だった。

 「ルシエ様は初めから内部の犯行であることを見抜いておられたのですね。」

 しまった。まずはルシエにだけ話すべきだったのかも知れない。俺の後悔など露知らず、ヴェラの深読みは加速していく。

 「事前に関係者の素性を調査させたのも、継続的な犯行が可能なのは上層部と目をつけていたからですね。ルシエ様の訪問を理由とすれば我々が素性を調査するのも自然です。さらに魔法ギルドに依頼を出し同行させることで揺さぶりをかけ、怪しい人物を特定するとは…魔法による犯罪を疑っていただけでは無かったのですね。」

 「ふふ…流石ですね、ヴェラ。」

 ルシエの言葉の解釈は、ヴェラと俺たちでは全く違うだろう。不敵とも取れる笑みは、自身が踏む薄氷が一段と薄くなったと感じているとしか思えない。俺は今、聖女伝説のカラクリを目の当たりにしたのだ。というか事前調査ってなんだ?どこへいくにも死の危険があると思っているのだろうか。

 「どこまで予見されていたかは推し量れませんが…しかし、決定的と言える証拠ではありません。この後のお考えをお聞かせ願えますか?」

 「2人とも、何か考えがあるのですよね?」

 ルシエの目は、“ありますよね?ありなさい!"と訴えている。俺の脳裏に真っ先に浮かんだのは、東の国でのやりとりだった。

 「我々が問い詰めてみましょうか?ギルド員という立場であれば、多少物言いが強くとも大きな問題にはならないと思いますが…」

 「是非お願いします。」

 応答が早い。何を言われても乗っかるつもりだったのでは無いだろうか。

 「ルシエ様、万が一に備え、我々も包囲しておきましょうか?」

 「…包囲するのであれば、私もついていくことにします。」

 「しかし…」

 「手薄の教会にいるより、お忍びで出かけている方が安全ですよ。」

 教会にいる方がいい気がするが、信用できる人間が近い方が安心するのだろう。ルシエとヴェラが退室した後、俺とカイルは話す内容をまとめてからそれぞれ休んだ。


 再び訪れた空輸事業の本部事業所の一室で待つこと30分、記憶に新しいガーゴイル姿が扉を開く。挨拶もそこそこに、本題を切り出す。

 「先日見せていただいた事故についてなんですが、俺たちは内部の人間が引き起こした作為的なものでは無いかと考えています。」

 「…どんな理由で?」

 「まず、ロープが切れるというのが不自然に思えます。強風が吹いていれば木の破片などが当たる可能性は十分にありますが、その程度で切れるものでは無いでしょう?鳥が飛んでいたとも考えづらいですし、4本のうち1本だけに負荷がかかるのは異常です。あらかじめ細工されていたと考えるべきです。」

 「それで、細工できるとしたら内部の人間だと?」

 「そうです。複数回、行われているのでそれなりに現場をコントロール出来る立場の人が怪しいと考えています。」

 「そんな…事故を起こして得をする人なんかいませんよ?」

 「俺たちも動機が分からないんです。そこで、ドーウィンさんに伺いたいのですが、例の商人の方が今どうしているかご存知でしたよね?」

 「まぁ人並み程度には…」

 「誰から聞いたんですか?」

 ドーウィンが一瞬固まった、ように見えた。答えがすぐに返ってこないのを見て、俺は畳み掛ける。

 「事故を起こした動機は分かりません。しかし、商人をターゲットにしていた可能性が高い。近況に詳しいのは、商人を観察していたからじゃ無いんですか?」

 「観察…?まさか…」

 「聖騎士団の調査で、あなたが基本的に職場と自宅を往復しているだけなのは知っています。もう一度聞きます。誰から聞いたんですか?」

 翼が小刻みに動き、尻尾はゆらゆらと揺れている。それが心の動きと関係があるのかは分からないが、平静とは思えない。ドーウィンはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。

 「聖女様の神託に間違いなどあってはならない…何を言おうと、聖騎士団は私を犯人として追う、そうでしょう?」

 「神託は関係ありません。これはあくまでも俺たちの調査です。」

 「それを信じろと?お前たちの調査だけで聖騎士団が動くわけが無い…」

 微かに震える目は虚ろで、はっきりした意思は感じない。だが、口調の乱れは、何かの決断を予感させる。

 「聖女様は何故この場にいらっしゃらないのですか?」

 机に見入るように目は伏せられている。問いを投げかけてくるのに、態度はこちらに向いていない。

 「それは―」

 突然、開かれた大きな翼が羽ばたき、空気が一気に押し流されてくる。

 「うぉっ!」

 椅子ごと後ろに倒れる中、瞼の閉じかけた目が部屋から飛び出していくドーウィンを捉えていた。

 「痛ってぇ!アイツ逃げたぞ!」

 「追うぞ!」

 一足早いカイルに続いて俺も部屋から飛び出す。

 「こっちだ!」

 声に従い左を向くと、カイルの奥に走るドーウィンの姿が見える。ドーウィンの向かう先は光が強い。間違いなく外に向かっている。飛ばれたら俺たちでは追えない。

 「くっそぉぉ!」

 気合いを入れたカイルの方が速い。みるみる距離を詰め、手を伸ばす動作を見て間に合ったかと思ったが、大きな翼が影を広げる。ダメか。

 「ぉお!」

 諦めかけた俺の目に、そのままの勢いでドーウィンに飛びつこうとするカイルが映る。

 「うおっ!」

 気づいたドーウィンはギリギリで上に身をかわす。手を伸ばしながら落ちていくカイルと差が開いていく。ここが最後のチャンスだ。

 「デヤル!」

 距離が不安だったが、俺の光は真っ直ぐにドーウィンに向かっていく。当たる、と思ったところでドーウィンがこちらを向く。そうだ。距離があるということは、避ける猶予もある。気づいた時には、ドーウィンの体はさらに上へ流れていった。

 「当てろバカアアァァァーー!!」

 下に落ちていくカイルの声を聞きながら、さらに気づく。そう言えば、これどうなるんだ?俺の光は一発しか出ない。だがその一発は今、何も無い空を遊覧飛行している。

 「デヤル!」

 案の定、何も出ない。左手は霞みそうな程度の光を纏っているだけだ。俺は、役立たずに戻ってしまったのか?恐怖で止まった俺の思考を再び動かしたのは、3階から落ちたカイルの“グシャッ!"という音だった。慌てて見ると、ドーウィンを見上げながら走り出している。まだ、諦めていない。だが、俺はどうすればいい?考えも無く遠ざかるドーウィンを見ていると、突然バランスが崩れるのが見えた。なんだ?木の葉が舞い落ちるように、クルクルと羽が回っている。その下で、土埃と一緒に浮かび上がる誰かが見える。あれは、ヴェラか?地面を背にするように空中へ向けて構えた弓矢がドーウィンを射抜く。矢の軌道までは見えなかったが、ドーウィンから出た飛沫が、それを確信させた。落ちていくドーウィンを見て、俺は走り出す。何が出来るかはわからないが、急いで落下地点に向かわなければならない。


 俺が着いた時、ドーウィンはすでに聖騎士団が組み伏せていた。カイルもいるが、今回は敵を抑える役目は無かったらしい。

 「リオス、まだ聞くことがあるのだろう?」

 ヴェラに促されるまま、俺はドーウィンに近づく。

 「あなたが、事故を引き起こしていたんですね?」

 「神託は本物だなぁ…ロープに傷なんて誰でもつけられる…なのに俺が捕まった…」

 右翼の付け根から血が流れている。狙ったのだろうか。矢が刺さっていないところを見ると、恐らく貫いたのだろう。凄まじい精度と威力だ。

 「なぜこんなことを?あなたに何の意味があったんですか?」

 「…魔法なんかが現れるまでは、俺は幸せに暮らしてたんだ。妻の魔法は手に取った木の葉に雫がつくだけの馬鹿げた魔法だった。俺もそんな馬鹿げた魔法だったらこの国に来る必要も無かった。この国は俺にとって過ごしやすい。だが、妻は違った。各国で追い出された変異型が集まった当時のこの国は、変異型以外への風当たりが強かった。魔法の歪みが俺たちの愛を破壊したんだ。他の男とこの国を出たと置き手紙で知った時、何の為に尽くしてきたのかわからなくなった。俺は壊れる愛のために生きる運命だったのか?魔法という障害を超えられなかったあの愛は偽物だったのか?何を愛し、何を愛されるのが本物の愛なのか?誰かといることに価値はあるのか?俺は、本物の愛を探していただけだ。」

 「…あなたがあの商人に執着していたのは、幸せそうだったから、ただそれだけなんですか?」

 「金も地位も失ったアイツは1人になった。妻も部下も、誰も残らなかった。本物の愛なんて無かったんだ。」

 理解は出来なかった。何故そんな理由で危険を冒し、他人から奪うのかが分からない。

 「本物の愛とやらは自分が探せば良いでしょう。なぜ他人を陥れるような真似をしたんですか?」

 「何を愛せと?何に尽くせと?偽物で囲んでも吐き気がするだけだ。時間の無駄だ。」

 動機について、俺には分からないはずだ。直接話しても、会話が出来ている気がしない。とにかく重要なのは、コイツが事故を引き起こしたことだ。

 「…どんな理由であれ、他人を陥れるなんて間違ってる。あなたが事故を仕組んでいたのはわかりました。この後のことは、聖騎士団に任せます。」

 目を合わせたヴェラが頷く。1歩進み出たところで制止する声がかかる。

 「待ってください。」

 いつの間にか、ルシエが近くまで来ていた。どこから聞いていたのだろう。

 「危険です、ルシエ様。お下がりを―」

 足を止めたヴェラを追い越してルシエはそのままドーウィンに近づいていく。膝をついたルシエは語りかける。

 「私には、愛の真偽は分かりません。ですがあなたは、離れなければ本物だと信じているように見えました。あなたが以前の奥様と離れたく無いと思った時、それは、本物の愛だったのですか?」

 聖女とは、答えを示す存在だと思う。神託による答えが無ければ、誰も崇めたりしないだろう。ルシエは問いかけただけだ。わからないと思ったことを、ただ聞いてみただけとしか思えない。だが、それを聞いたドーウィンは変異を解いていた。見る人が見れば、まるで聖女が悪魔を浄化したようだった。ドーウィンは何も答えないまま、連行されていった。


 夜、俺とカイルはルシエを訪ねた。俺の光が出なくなったことについて、何か助言を貰えるかもしれないと期待してのことだ。

 「…やはり分かりませんね。」

 だが、世の中そう甘くは無いらしい。顔を見てもらう前から“期待はしないで下さい"と言われていたから察しはついていたが、ルシエの鑑定でも分からないようだ。

 「光に関するものであることと、呪文とおおよその効果については読めますが、それ以上のことは分かりません。」

 複数人に魔法指南が出来てしまうほどの精度を誇るルシエの鑑定でも分からないとなると、“デヤル"は失われたと考えるべきだ。最後の一発はドーウィンの“逃飛行"を知らせる信号弾として重要な役割を果たし、ヴェラが“流石の機転だ"と褒めてくれたが、俺にとって大きな代償となった。

 「そうですか…」

 「時間が経てば使えるようになる可能性もあります。まだワンチャンありますよ!」

 ワンチャンとか言うんだこの人。ヴェラは扉の外なので口調が緩いのかもしれない。返す言葉も無く小さく笑っているとカイルが問いかける。

 「結局、アイツはどうなりました?」

 「私たちは警察に引き渡しただけです。その後のことは、この国に任せるべきでしょう。そんなことより私の神託問題です。」

 まぁまぁ働いたのにそんなこと呼ばわりされるのも心外だがルシエの優先順位はブレていないようだ。

 「引き渡しの際、説明に手間取って、結局神託のせいにしちゃいました。また聖女の名声が上がってしまう気がします。そうに違いありません。私は今後どうすれば良いのでしょう?」

 「さぁ…」

 「見捨てるんですか?こんなか弱い女の子を?相談に乗ったんですからそっちも相談に乗ってください、お友達のカイルさん!」

 「えぇ…そんなこと言われても…神託が降りなくなっちゃいましたーとか言えばいいんじゃないですか?」

 「誰も…信じませんでしたよ…神託は信じるくせに…」

 遠くを見るルシエは苦労人の目をしている。途中、最初に見せた姿の方が嘘なんじゃないかと少し思ったが、やはりこちらが素のようだ。議論の末、お互い何も得るものがないままお開きになった。


 関所の上の羽ばたきが遠ざかっていく。それをぼんやりと眺めるつもりだったが、どうしても今後のことを考えてしまう。呪文がまた使える可能性はある。だが、使えなかったらどうするべきか。格好はつかないが、記録調査部門へ出戻るべきだろうな。短い夢だった。撃たなかったらどうなっていたんだろう。そんな考えがぐるぐると回り続ける。

 「なー、リオス。」

 「んー?」

 「お前はあのガーゴイルのこと、どう思う?」

 「質問雑だな…なんか他人をかき回す嫌なやつって感じ?」

 「だよなー。…でもルシエは違う感じだったよな。俺らと接し方が違う感じだった。」

 連行される前の一言のことだろうか。確かに、俺たちが問い詰める場面で、ルシエは全く違うことをしていた。

 「確かに、なんとなく聞いてみましたって感じだったかもな。それがどうかしたのか?」

 「いやーなんか、ああいうやつでも救われるもんなんだなって思ってさ。俺らだけじゃ、ああはならなかっただろ?」

 「…そーかもな。」

 ドーウィンはルシエの質問に答えなかった。だが、変異を解いた時、思うところが何も無かったとは考えられない。理解も共感も出来ない。そんな相手でも、救える可能性はあるのかも知れない。それこそ、神託でも無ければ出来ないだろうけど。遠ざかる関所に合わせるように喪失感と無力感が深まっていく気がした。

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