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空輸事業の視察

 聖女の公務は2日間、その後2日休息を取り、次の朝に大聖堂へ戻る予定である。俺たちが護衛するのは休息日を含む4日間となった。1日目は教会で安全祈願を行う。そもそも、聖女が北の国を訪問した理由は、王家から空輸事業の安全祈願をして欲しいと依頼されたからだ。翼を持つものも数多くいるこの国では空輸が発達していることも特徴なのだが、便利な分、事故も多いらしい。品質も個々人の力量に左右されやすい為、対策に苦労しているようだ。祈って結果が変わるのか?とどうしても思ってしまうが、実際、そうやって世界が回っているのを目の当たりにすると何も言えない。尤も、聖女に依頼するということは神託による打開を少なからず期待しているということだと思うが。今日は聖女が外に出ることも無く、滞在している教会の身廊に数十人の関係者が集まって執り行われる。ルシエへの配慮なのか、変異した姿の人は誰もいない。聞いた通り、聖騎士団がガチガチに固めているので俺たちは距離をとって後方で周囲を警戒することにした。つまり、やることが無かった。

 「異常は無いか?」

 最初こそ物珍しさに気を張っていたが、1時間もする頃には殆どボンヤリしていた俺の元へヴェラが話しかけてくる。流石に気を抜き過ぎていたのだろうか。

 「何もありません。」

 「そうか。」

 ヴェラは俺の隣に立ち、聖女の方を向く。しばらく立ち去る気は無さそうだ。若干の居心地の悪さを感じる。

 「ルシエ様がギルドに依頼を出すよう仰られてから理由を考え続けているが納得のいく答えが見つからない。なぜ君たちが呼ばれたと思う?」

 急に重要そうな質問をされ、脳を無理矢理起こす。言えるわけがない。約束をしたと言うのもそうだが、“ただのポンコツですから何も考えて無いんじゃないですか?"なんて言った日にはこちらが不敬罪か何かで追い出されかねない。

 「さぁ…俺たちも呼ばれただけですから…」

 「ルシエ様の知謀が私の考えを超えることは何度もあったが、今回は全く掴めない。お話しした限り警護に不安がある様子はお見受け出来なかったし、特別な危険も思い当たらない。おまけに依頼説明の際に席を外すように命ぜられた。何か、あるのだろうか。」

 ハッキリとわかるほどに探られている。何か答えを返したいのは山々だが、言えることが何も無い。

 「日程などの説明を受けただけですから何とも…ギルドへの依頼ですから何かしら魔法の調査が必要になるとお考えなのかも知れませんね。」

 「…そうだな。引き続き頼む。」

 「はい。」

 ヴェラはまっすぐカイルの元へ向かう。同じことを聞かれるのだろう。上手くやれよ、カイル。


 2日目は空輸事業の視察だ。倉庫の中を見学したり、荷物を持って飛び立つ様子などを見て回る。俺たちも聖女御一行として後ろをぞろぞろとついて回る。意外だったのは、ルシエが案内役のガーゴイルの男に荷物の種類やロープの強度などを度々質問していたことだ。俺たちに見せた姿が嘘だったのか、滞在中に事故に遭わないか心配しているだけなのか判断はつかなかったが、とにかく視察は滞りなく進行した。

 昼食後は、この事業所から滞在している教会まで都市部の人員輸送用に考案された飛空ゴンドラで戻る予定らしかった。ロープは蜘蛛や蚕に変異した人たちが生成した糸から織りなした特別製。席に座ってさえいれば空の旅が楽しめるというのは、ついさっき聞いた話だ。通りで気にするわけだと納得していると、腕だけ人のままの鶏がガーゴイルに何かを耳打ちする。飛べない人にも仕事はあるようだ。

 「現在、風が少し強いようです。しばらく様子を見る為、お部屋にてお待ちいただけますでしょうか。もしこのまま天候が変わらないようでしたら馬車をご用意いたしますので。」

 「わかりました。それでは少し休ませていただきます。」

 心なしか、喜んでいるように見えるルシエの後に続いて、俺たちは会議室の一室に通された。


 「ここまでご覧になられていかがですか?」

 「とても素晴らしい事業だと思います。街中を歩いているだけでこの国の独自の風景を担っているのがよく分かります。安全に対する配慮もされており、お話しを聞く限り、とても事故が起きるようには思えませんでした。」

 ガーゴイルの男、ドーウィンとルシエの会話が続いている。すると突然、ヴェラがルシエに耳打ちする。何かを思案した後、ルシエが口を開く。

 「失礼ながら、過去の事故に関する資料をお見せいただくことは可能でしょうか?不都合であれば構いません。」

 俺には不都合であって欲しいという思いがあるように聞こえたが、ドーウィンはそうは思わないだろう。

 「もちろん構いません。直近の資料をお持ちしますので少々お待ちください。」

 ドーウィンが部屋を出ると、ルシエはすぐに俺たちの方を見る。

 「カイル、リオス、2人も一緒に見て下さい。」

 「わかりました。」

 SOSにしか見えないのでひとまず返事はしたが、調査済みのレポートを見たところで何かわかるとも思えない。ヴェラの視線が痛いが、“何も分かりません"の一言で重い沈黙を破ることになりそうだ。覚悟を決めたところでドーウィンが戻ってくる。やけに早いが元々見せるつもりだったのだろうか。

 「こちらが冬に起きた人身事故になります。」

 「拝見します。」

 ルシエに差し出された解析レポートを俺たちも覗き込む。天候は曇り、風が強くなっており、誰もが吹雪を予感した夕方ごろ、1人の商人の男がやってきて、商談のために山を越えたいと懇願。誓約書へのサインを条件に要人輸送用の2人乗りのゴンドラで輸送を試みるも、ロープが切れて不時着。ゴンドラを支えていた4人と商人が怪我を負ったが、幸い命に別状は無かった。対策として風速20m/s以上の人員輸送の禁止とロープ点検項目の見直しについて書かれている。ギルド員としては魔法による干渉の有無について項目すら無いのは気になるが、それ以外に引っかかる点は無い。

 「怪我をされた方は全員無事だったのですね。」

 「ええ、まだ飛行できるものがなんとか助けを呼びましたので、皆すぐに動ける状態に回復しました。」

 「それは良かったです。それにしても、ロープに何が当たったのでしょうね。」

 ルシエの言葉に、俺はレポートを見直す。切れたロープは4本のうち1本のみで、他のロープには異常が無かったらしい。確かに何か当たったと考えるのが自然かも知れないが、ご自慢のロープがやすやすと切れるとは思えない。そうなると、作為的に引き起こされた可能性もあるのか?どのみち何か言わなければこの場は収まらないので、もう少しだけ探ってみる。

 「すみません。他の事故の中に同様にロープが切れたものはありましたか?」

 「いくつかありました。そちらもご覧になりますか?」

 「はい、お願いします。」

 しばらくして差し出された数件のレポートは確かに近しい内容だった。天候の急変、ロープの切断、不時着。奇妙な共通点として、全て荷主が同じだった。

 「この商会はよく空輸を使っているんですか?」

 「ええ。最初にお見せした事故の急いでいた商人の方が会長の商会なのですが、以前はよくご利用いただいておりました。不運にも事故が重なってしまい追い詰められていたと噂がありましたので、人員輸送のご依頼があった時、我々も断り切れなかったのです。」

 「以前は、ということは、今はご利用が無いんですか?」

 「仰っていた商談が商会の今後に関わる重要なものだったようで、最近はご利用がありません。」

 もし、誰かが仕組んだとしたら、目的は商会の倒産だろう。商売敵が関係者を抱き込んでロープに細工をさせたとしたら説明がつく。説明はつくが、魔法ギルド員らしい推理では無い。魔法の痕跡は感じないが、他に取っ掛かりも無いので話を進める。

 「ロープの点検というのは毎回行っているんですか?」

 「いえ、1日に1度、業務開始前に行っています。ただ、最初にお見せした事故は特殊な事例でしたので、直前に行いました。」

 「それは誰が?」

 「運搬者だった4名が見た後、私が確認しました。」

 このドーウィンというガーゴイルの人は案内役になる程だからそれなりの地位にいるはずだ。そんな人がわざわざ危険な橋を渡るだろうか。外したかなと考え込んでいると、カイルが場を繋ぐ。

 「この商人さんは今どうされているんですか?」

 「あまり大きな声では言えませんが、聞いた話では商会は倒産してしまい、屋敷にお1人で住んでいるようです。以前は奥様や執事の方が暮らす幸せな家庭でしたが、皆離れてしまった様で…」

 「なるほど…こういうことがあると思うと、事故を減らしたい気持ちもよくわかりますね…」

 コメントの終わりとともに、カイルが目配せをしてくる。タイムオーバーを感じた俺は、覚悟していた通りの言葉をルシエに告げる。

 「聖女様、申し訳ありません。気にかかる点は見受けられませんでした。」

 「そうですか。それでは仕方ありませんね。」

 魔法ギルド員が何も見つけられなかったという結果を得たルシエとその一行は、風が吹き付ける中、馬車で教会に戻ることとなった。なんとなく、遠ざかる空輸事業所からしばらく目が離せなかった。


 翌日、俺とカイルはルシエの許可を得て、図書館を訪れていた。被害に遭った例の商会に関する報道を見れば何かわかるかもしれないとは思ったが、ここまでするつもりは無かった。気が変わったのは、ルシエが今日、部屋から出るつもりが無いと聞かされた時だ。1日中話し相手をさせられるよりはいくらかマシである。俺たちは眼鏡をかけたワニの案内を受けて新聞コーナーに着く。変異したから目が悪いのか、変異しても目が悪いのかわからないなと余計なことを思いながら、新聞に目を通していった。倒産時の報道は一面を飾っているが、それ以降の報道は何も無い。元々、新進気鋭という評価が強かった商会で、その後に躍進したと言える商売敵もこれといったものは無かった。

 「簡単に何かしら見つかると思ったんだけどなー。」

 「そうなのか?」

 意外にもカイルはこの調査に期待していたらしい。

 「だってあのガーゴイルのおっさん?が1人になっちゃったとか言ってたろ?てっきり報道で―」

 会話が止まる。倒産は報道されていた。だが、その後の様子など報道されていない。なら、あのガーゴイルはどうやって近況を知ったのか。噂?知り合いがいた?それでも、点検を行っていたという事実が影を落とす。

 「あの人…」

 「ルシエに言ってみようぜ。もし、犯人がいるなら野放しには出来ねー。」

 この手の話になると、カイルはすぐに火がつく。俺たちは曖昧な成果を報告しに、教会へ戻ることにした。

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