北の国の空
ギルドに報告を終えた翌日の夜、東の国から帰還した俺はカイルたちに呼び出されて歓迎会に参加していた。本人たち曰く、“兄弟爆誕!お名前大発表パーティー!"だそうだ。集まったのは当然、事情を知っている5人である。
「長らくお待たせいたしました。それでは本日のメインイベント、お名前大発表に移りたいと思います!」
「飯、来たばっかだけどな。」
パーティーといっても夕飯を一緒に食おうと言うだけで特別な事はなく、出発前に話し合った時と顔ぶれは変わらない。席が1つ増えてはいるが。
「応募総数3つぐらい!双子の弟にふさわしいと選ばれた栄えあるお名前は…!"カイエル"です!」
「紛らわしい…」
「今日からカイエルです!よろしくお願いします!」
ミナの苦言を意に介することなく、カイルはカイエルに拍手を送っている。
「近しい音の名前にするのは良い選択だと思う。爆誕おめでとう、カイエル。」
ダインはカイエルと握手を交わす。もう受け入れたようだ。
「で、本題なんだけどさー、生き別れてた双子の設定でいくから、爆誕した時の話は基本しないでくれ。バレて困ることは無いと思うけど説明めんどいし。」
メインイベントと本題がほとんど同じ意味に思えるのはさておき、今日集められた理由はこれだったようだ。確かに、そのまま話せば変な目立ち方になるのは間違い無い。
「それはいいけど、今後どうするの?ギルドに入るの?」
「いや、カイエルは西の国に行く。」
「え?なんで?」
ミナもそんな答えが返ってくると思わなかったのだろう、手が止まっている。西の国、シセーニ。金持ちが集まる国として有名だが、カイルと接点は無かったはずだ。
「いつか行こうと思ってたんだよ!お前らも宝くじの噂は聞いたことあるだろ?年に一度、西の国が盛り上がる最大のイベント!あっちの金持ちは傭兵を雇うことも多いし、働き口と夢を同時に追える完璧な計画ってわけ!」
「思い切り良すぎだろ…」
「最悪戻ってくれば良いだけだし、せっかくもう1人いるなら違うこと試したいだろ?」
俺はその勢いに若干引いていたが、カイエルなら上手くやりそうな気もする。止める理由は思いつかない。
「いつ行くんだ?」
「明後日。」
「早えー…」
歓迎会と思って来たが、送別会も込みだったようだ。一緒くたになるほどのスピード感に圧倒される。
「ビッグになって帰ってくるぜ、兄者!」
「頑張れよ、ブラザー!」
こうして、お互いの呼び方も定まらないまま、カイエルは西へ向かった。
カイエルを送り出した数日後、俺とカイルはギルドに顔を出すことにした。カイルが慣れた調子で受付に話しかける。
「こんにちは。割りの良い依頼を探しに来たんですけど何かありませんか?」
あるわけないだろ、とでも返ってくるのかと思ったが、向こうの表情は真剣なままだ。出だしミスったのかなと見ていると、少し顔を近づけるような姿勢になって小声で問われる。
「カイル、何かやらかしたのか?」
「え?何かありました?」
「お前が来たら話があるから待たせるようにって治癒部門の部長から通達があったんだよ。リオス、君もだ。」
俺も名前覚えてもらえたんだな、という小さな感動を噛み締める時間はとても短かった。俺とカイルが呼び出されるような心当たりなど東の国での一件しかない。ちらりと目を向けたカイルも同じ考えだろう。
「…それってダインとミナも呼ばれてます?」
「やっぱり何かやったんだな?」
何かヤバそうだ。逃げ出したい気持ちを理屈で抑え込みながら、俺たちは案内されるまま小部屋へ向かった。
部屋に入ってから、もう20分が経っている。いつ来るのだろうという苛立ちと、何を言われるのだろうという不安がせめぎ合うような感覚が続いている。
「言えねーよな…」
「言えるわけねー…」
ギルドが東の国でのことを何か掴んだとしたら嘘をついても誤魔化しきれないと思う。しかし、正直に話せばガリオンとの約束を破ることになり、何となく命の危険が増す気がする。どうすれば良いのか定まらないまま、扉は開かれた。入ってきた男に俺は驚く。初めて呪文を使えた日の夜にお世話になった不満ダダ漏れ治癒士だった。
(偉い人だったのか…)
治癒部門の部長があんなに不満ぶちまけてて大丈夫なんだろうか。組織体制への不安が増す中、俺たちの向かいにある椅子に座った部長はすぐに話を切り出す。
「お前らヒシトーガで何かしたか?」
「いや…特に何も。」
「チッ!」
舌打ちがどういう意味のものかわからないが、値踏みするように俺たちはジロジロ見られる。
「俺がこんなことする羽目になったのはお前らに聖女からの指名依頼が入ったからだ。」
「え?せいじょ?」
「黙って聞けよ…」
睨みが怖すぎる。どうしてこういう人は皆、鋭い目をしているんだ。俺が押し黙ると、部長は依頼書を机に出しながら話を続ける。
「数年前から教会が召し上げてる聖女が何故かお前らを指名して護衛依頼を出してきた。メンツから見てヒシトーガの何かが理由としか思えない。心当たりを言え。」
どうやらギルドは俺たちのゴタゴタを知っているわけでは無さそうだ。そうとなれば、全力でしらを切るしかない。
「…何も思いつかないです。教会の人と話した覚えも無いです。」
「なら、依頼を受けろ。教会絡みは断ると面倒そうだ。」
部長は依頼書を置いたまま、早々に立ち上がる。内容の説明をする気は無いようだ。
「ちょ、ちょっと待って下さい。ダインとミナはもう知ってるんですか?」
「あいつらは入れ違いでもう別の依頼に出てる。連絡はしておくからお前らだけで行け。」
部長はそれだけ言い残して出て行ってしまった。名前すら聞けなかったが、部長の命令を無視するわけにはいかなそうだ。俺たちはお互いの何とも言い難い表情を見合った後、依頼書を確認してから部屋を後にした。
魔法黎明期、変異型の魔法は差別されがちだった。いきなり異形の姿になれるとわかった隣人を受け入れられる人は少なく、根も葉もない噂の中心になりやすかったのが原因と言われている。だが、北の国、タキボクでは王族の子どもが変異型の魔法を発現したことにより偏見が少なく、他国からの変異型の移民受け入れに積極的だった。今や、変異型が自由に暮らせる国として有名である。
依頼の内容は、北の国視察中の聖女の護衛だ。指定された場所から推察するに、聖女御一行は既に北の国におり、俺たちは後から合流する形になる。道中、カイルとも話したが、気になることが多い依頼だ。護衛を頼むなら常駐しているらしい教会の総本山からの護衛を考えるはずであり、北の国の中でのみの護衛を頼むというのは奇妙だ。国家間の移動をしていることを考えると聖女お抱えの聖騎士団がついているはずだし、北の国内部でのみ気になる危険があるとしたら、その国の事情に詳しい人物に依頼するのが自然だ。大して事情を知らないギルドの、しかも俺たちを指名して依頼するとはどういうことなのか。
気になることが頭の中を何周かした頃、関所が見えてきた。物珍しさに顔を向けると、空に何かが見える。
「おい、リオス!見てみろよ!」
もしかして、と思いながら目を凝らすと、徐々に竜の姿が浮かび上がってくる。この国には翼を持った姿の人も多いと聞いていたが、いきなり飛んでいるところを見れるとは思っていなかった。近づくにつれ、天使のような姿も見えてくる。
「スゲーな、北の国!」
「ああ、マジで御伽話みたいだ!」
特有の光景に、疑問で沈んでいた頭が晴れたようだった。




